懐の深い1000m級の山塊ですら、入道雲に比べたらちっぽけなモンです。
重くのしかかるような暑さはこの日の予想最高気温を事前に知っていたからだ。まだその35度には達していなくても、昼過ぎにはそうなる。すると朝のうちから35度に向かう気温の加速度を感じてしまう。う〜、あぢぃ〜。
襲い来るアブの攻撃を必殺のハッカスプレーで撃退し、着替え終わるとまず一汗かいている。すぐに川に降りてもそこで汗が引くのをまてばいいのに、これが待てない。
曇る偏光グラスを半分ずらしながらキャスティングする。しかし最初の入渓の時間帯はなにかと余裕がなく、したがってロクなドリフトも出来ない。
去年も今年この川に来た時も、まずまずのヤマメが釣れていた。上流に向かえばゴギもいる谷だ。
少し季節が進んでいる分不利なのは想像がつくが、それでもこの川のポテンシャルを考えればこんな猛暑の日でも釣り師にまっとうな喜びを与えてくれると思った。
川筋は切り立った岩盤や巨木に守られていて、直射日光の洗礼は受けずに済んでいる。これでもう少し風があれば言うことないが、ぜいたくは言うまい。この状況でさえ、街よりかは3〜5度は低いはずだ。

すぐに前回良型を掛け損なったポイントが現れた。前回よりも少し水は多めで条件は今日の方がいい。
すでにクモの巣にまみれたフライやティペットを丹念にきれいにしチェックする。ここでイイのを釣っときゃ今日は安泰だ。お、ブヨが寄ってきた。ハッカスプレーシュッシュッ。
木も岩も土も猛暑をさえぎる盾なのです。
車の中には入ってこれまい(^o^)
ん?でもこっちが車から出ないと・・・。
フライパワー・・・注入!
期待のポイントは空振りだった。そしてイヤなものを見た。釣り人の足跡だ。
今日のものではないが、ここ何日か大気が不安定でこのあたりにも局地的な夕立が降っていたはずだ。普通なら足跡くらいは消えてしまう。ということはかなり新しい。昨日か、おとといか。
だからと言ってすぐに場所変えする気にはならず、そのまま釣り上がった。特にこれから一気に気温が上がってくることがわかっているから、余計に場所変えのタイムロスは避けたい。
いくらなんでもこの先全く釣れないなんてことは・・・ないよなあ・・・ねえ?
さすがに前方に釣り人の姿でも見えたら諦めるが、踏ん切りがつきにくい状況ではある。なにしろここは渓相は素晴らしいし、時間が経つにつれ谷こもりの湿気も消えた分快適になってきた。日なたはそうはいかないが木陰は申し分のない清涼の場所だ。
このまま車まで戻っても、もう釣りする気にはなれないな。

そんなこんなで釣り上がり続けた。
釣りのスタイルは釣法で変わる。同じ渓流釣りでも川の歩き方は釣法に大きく左右されるだろう。
僕の歩く先々で、その微妙に新しげな足跡は残っていた。ほぼ僕と同じ立ち位置で釣りをしている。フライマンか?
魚をキープはしなくとも、与えるプレッシャーが後日の釣行にどれだけの影響を与えるのか。これまた難しいところだが、静かに少しでも遠くからのアプローチで、丁寧なドリフトを心掛けるしかなかった。
水と緑に包まれて、条件は天国なんだけど・・。
これまた前回、良型が見える場所に定位していたプールに着いた。
姿は見えないがもちろん素通りも出来ない。なんどかのキャストのあと、これが最後と力んで投げたら後方の木に引っ掛かった。
外しに行くと、その枝の僕のフライの横にもフライがあった。決定的だな。
しかもフックは錆びていない。

風が止んで熱気が渓に滞留しているような感じになった。
このまま今日は釣れない気がしてきたが、この状況を打破しようという気は起きなかった。
まあ、こんな日もあるかなぁ。
絶好のポイントも、今日はお留守のようです。
釣りこぼしの一匹、見逃しのポイント、それくらいしか期待の出来ない釣りは、今一つ盛り上がらない。
もちろん僕のあとに入る釣り人にも同じ思いをさせていることにはなるのだが。
またブヨがやってきた。川の水で顔を洗って、ハッカスプレーをシュッシュッ。
ハッカがひんやりして気持ちイイ。ふと夕べ巻いたフライを思い出した。シンセティックピーコックを使ったパラシュートだ。
なにかピンとくるものがあった。
青藻ではない。アリゾナシンセティック
ピーコックというボディ材です。
ここまでに超高速でフライにアタックするような出方は何回かあったが、フッキング出来るものではなかった。
フライを変えてもこんな高速アタックでは太刀打ちできない。
もう終わりにしようか、と思い始めたころ、最後のプールが現れた。

シンセティックピーコックのフライを水面に落とす。先行したフライマンが見逃すはずのないそのポイントで、そのヤマメは実にゆっくりと僕のフライをくわえ込んだ。
まるでこのヤマメだけが解禁からの釣り人のプレッシャーとは関係ない場所にいたようだ。