万全のプレゼンテーションでフライは落ちたはずなのに、つれないアマゴはさっさと走って逃げてしまった。
いったい僕のナニがいけないの?、と情けない問いかけをしてしまいそうで、それはそれで不甲斐ない。すでにシーズンの釣り人の責め苦に耐え抜いたアマゴたちには、僕のフライなんかには気持ちを揺さぶられることもないのだろうか。
空は青く山は緑眩しく、その中に身を置くだけで体が洗われるようだ。
でも釣り人にとってはそれだけでは返って体に悪い。当たり前だ。釣りにきているのだから。
豊かな森に育まれた渓の釣りです。
その日の釣りでは一匹目を釣るまでがひとつの山場だ。
なんとか魚を手にするまではどうにも落ち着かない。どんなサイズでも一匹釣れれば一応はホッとする。
そうすれば、周りの景色や飛翔する虫たちにも目をやる余裕も生まれてくる。
逆にいつまで経っても釣れないままだとそれが焦りに繋がって、闇雲にポイントばかり凝視することになってしまう。
あ〜ヤダヤダ。余裕のない釣りはなんかせこせこしてるし、釣り自体うまくいかないし。ロクなことはない。
緑の濃さは瑞々しさの証明でもある。
しかし、久しぶりに訪れる渓はどこでも共通していることだが、かなり様子が変わっている。淵が埋まったり、木が倒れたり。
山の斜面が伐採されたりしてた日にゃあもうがっかり。かなりテンションも下がりまする。
そうして考えてみると渓流へ釣りに出掛けるのは、そりゃ釣りだから魚釣りが目的ではある。魚が釣れなければ本来の目的が達せられない。
でもそれだけではない。今時期なら緑濃い山々や、新鮮な空気、透明な水。トリもちゅんちゅんカエルげこげこ。そんな中に渓魚を追い求めることそのものが目的でもある。
それでたくましいアマゴを手に出来れば言うことなし。
暑い季節になれば木陰の涼風が吹いた日にゃあ、値千金だ。
よくわからないけど、谷間を吹き過ぎて行く一陣の風ですらミネラルを含んでいるというかデトックス効果があるというか(確かによくわからん)。
その風も緑のフィルターに濾されてより清浄なものとなっている。それは炊飯器に炭を入れて米を炊くような感じか(これもわからん)。
わかっているのは、渓の風がこの上もなく気持ちいいということだ。

「目に青葉・・・」という言葉も正に、である。
網膜に飛び込んでくる鮮やかな緑の葉の固まりは、見ているだけで目から浄化されていくような錯覚を起こす。
ひょっとしたら弱った視力でさえ回復させうるかも知れない。
緑がダイレクトに見えるということは、それだけ空気も澄んでいるということでもある。
深呼吸でもすっか。
斜面の緑から放出されるのはイオンかオゾンか。
身も心も洗われるのはヒトだけではありません。 陽を受ける青葉は紫外線は平気なのかしら?
釣りを楽しんで景色に心体を洗われて。気持ちよく時間を過ごして帰路につく。
いいですな。それはそれ、週末のリフレッシュとしては文句の付けようがない。充足感を得て帰りの高速も気持ちが昂っているだろう。
だが、まてよ。そのなんていうか、シナリオ通りのアウトドアフィッシングホリデーではあるが、なにかすんなりいき過ぎのような気もする。
最近は加圧トレーニングなんかも流行っているが、それこそ逆境に身を置いてこそ、というのもあるのではないか?
自ら好んで逆境を選ぶ人も少ないだろうけど、そういうことがあった上でのグッドなアマゴやフレッシュグリーンエアは、更に効くのではないか? いわゆる逆療法と言うヤツだ(←いつから病人だ?)。
再びアマゴに挑む。
釣り損なった魚を攻めるには同じ立ち位置、同じフライを繰り返さない。
プロフライフィッシャーS氏がDVDの中でおっしゃっていた。
角度を変えて、先ほどのパラシュートとは浮き方の異なるエルクヘアカディスを投げた。
またアマゴが現れエルクに急接近した。だが直前まで来て穴が空くほど凝視し、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
うむ、これこそ逆境。これこそ釣りの釣果も倍増するシチュエーションではないか。

三つ目のフライは伝家の宝刀、スペントスピナーだ。こいつは効かないわけがない。
更に立ち位置を変えて角度を変えてフライをキャストする。
ヌルッ、一発で出た。空振り。
いやあ、逆境だなあ〜。
アマゴ様もグリーンメディカルケアはいかが?
しばらく行くと左右交互にスーパーポイントが三つ並んでいる場所に出た。ひとポイントで一匹。最低三匹は釣らないとあまりにも不甲斐なかろう。
ひとつめ、反応なし。
ふたつめ、カワムツさんこんにちは。
みっつめ。一匹は釣らないと不甲斐ないなかろう。
目を三角に吊り上げてフォルスキャストをしていると、その向こうにまるで緑の壁のように葉を広げた木々の立ち並ぶ斜面が見えた。
僕は大きく息を吸った。

逆境効果もいいが、釣りに厳しさを求めるのか、それとも緑に囲まれたゆとりの釣りか。
釣果が先か、癒しが先かって感じか。またよくわからなくなってきた。
川にいる間中リラックスしていたんじゃあ、釣りの緊張感も薄れてしまうが、ピリピリしていれば釣れるっていうもんでもない。
刺激と癒し、困難と喜び、かくも入り乱れて僕はみっつめのポイントへキャストした。
結局緑の渓を意識するのはそこを通り過ぎてからだったりする。