フライボックスのコンパートメントのバネを外すと、バネでフタが開くのと一緒にフライが弾かれて飛び出した。
いやあ、夕べ巻いたばっかりだから新鮮で活きがいいわあ。
ってそんなワケない。慌てて落ちた辺りを大捜索。無事発見。
なにしろ目の前ではライズしているのだ。ずいぶんご無沙汰のライズに、ごくりと唾を飲んで、フライを取り換えティペットをチェックする。
無理のない話だ。
平日の雨でやや増水の晴れの土曜日。そしてライズ。ごちそうさま。
雨の止み間。沸きたての若い雲が浮いてます。
少しライズを観察した。
やっぱりライズはいいな〜。なんだか久しぶりですっかり見入ってしまう。これほど頻繁にするということは、それだけの餌の流下があるということか。
ま、餌がなんであれまずはパラシュートを投げるのだけれども。
そして一投・・、二投・・、三投・・。
ライズは沈黙した。残念。
この季節の渓魚のライズは、春先のそれと違って、よっぽどシビアで神経質のような気がする。
まあラインで水面を叩けば、静かになるのはいっしょだが。
谷の朝霧と朝日のカーテン。蒸し暑いですけど。
ゲゲッ! ゲロゲーロ、ゲロゲーロ。 光合成開始。酸素濃度急上昇!?
飛び石のように何日かづつ間隔をおいて雨が降っている。その増水がイイ感じで残っているこの週末。期待は高いしライズも見たし。だがその割にロッドは曲がることはないまま時間だけが過ぎていった。
朝のうちの晴れ具合いはすぐには崩れそうにもなかったが、これまたいつの間にか雲が広がってきていた。しかもその雲のどんより厚ぼったい感じときたら、今にも雨を落としてきそうなものだった。
これはどうにも分が悪くなってきた。
目の前にたっぷりと水をたたえている縦長のプールが現れた。いかにも渓魚が身を隠しそうな沈み石もいくつか見える。そしてこれまた絵に描いたようなライズが起こった。
プールの手前の浅い開きで重い体をくねらせた時にできる典型のライズリングが広がる。その厚みのある波紋と上空の厚い雲が僕にプレッシャーを掛けてきた。
フラットな浅い流れのライズほど手ごわいものはない。
さっきラインで水面を叩いてライズを止めたばっかりだ。なんだか投げる前から釣れる気がしていない。
いや、そんなことでどうするか。このライズの主はかなり良いサイズのようだし、雨が降り出す前の最後のチャンスかもしれない。
朝から結びっぱなしのパラシュートをまずは投げた。反応なし。
見え方が大きく異なるようにシルエットの全く違うエルクヘアを結んだ。
一発で出た。
えらぶたのパーマークがキュートな幼顔のヤマメ様。あんましスレんなよ〜。
エルクヘアカディスには不変の効果があるよなあ〜。 シンセティックを使ったソラックス。ワイドゲープはフッキング良好。
エルクに食いついたチビヤマメは当然先ほどのライズの主ではなかった。
もうさっきのヤツは出てこないか。
本日二度目のチャンスも逸し、気が付くと昼を回っている。雨はぎりぎりで降ってこず、また雲の切れ間から陽が射してきた。そして今度は風が渓を吹き抜けていく。
なんともとらえどころのないこの日の天気とライズ。
でもこんな季節のライズは希少な気がする。大事に釣りたかったが、ウデが足りんな、ウデが。
ん〜、ライズの主はヤマメかカエルか?
この季節のライズは水生昆虫の羽化途上を狙ったものよりも、陸生とかの虫の流下によるものの方が多いのだろう。
朝の渓ならクモの巣に掛かっているカゲロウを見て、その日の羽化を確認できる。でもそれはもう終わった羽化だ。
羽化も流下も少ない中でのライズは、ヤマメにとっても釣り人にとっても千載一遇のチャンスであることに違いない。

木の被さった影のプールでまた水飛沫が上がった。飛沫の形はまるで僕に手招きしているように見えた。
うそつけ、どうせ毛鉤投げても無視するくせに。ほんとだな? ほんとに歓迎してくれるんだろうな。それなら投げてやるさ。
僕は約束されたライズにフライをキャストした。その約束はあっさり反故になった。
尾ひれは魚にとって足であり、武器でもある。