およそこのコンディションでこんなにもゴギが釣れないとは予想だにしなかった。
梅雨の合間の晴れの週末。全く久しぶりに陽の光をあびたような気がした。
前日まで結構な雨量をもたらした前線は一旦南下している。しかしそれもこの日の午後には再び北上してこの辺りもまた降り出すらしい。
川の水位は多分絶妙の加減で増水している。死んだ川も生き返るってモンだ。
渇水時には姿を消しているゴギもどこからともなく湧いてくる、そんな期待をせずにはおれない水音が谷に響いていた。
光と緑の谷へ向かう。
暑い季節にはどうしても釣りに向かう川も上流域になっていく。釣りの実績のある上流域となると、どうしても限られてくる。
するとひと夏で同じ川へ何回か足を運ぶことになる。
不思議なことに(不思議ではないのかもしれないが)同じ川へ行くたびにその川はどんどん釣れなくなっていく。
その理由がほかの釣り人のキープによるものなのかどうか?
今回のような絶好の増水加減を狙ってきてもこのざまだった。
あら〜、今回は滝ではなく階段ばっかり登ってます〜。
ひと月ほど前、この谷にある魚切という場所から先でゴギが釣れるのかどうかを確認した。その時は魚切から先でもゴギは釣れたが、次々と現れる落差の大きな滝にうんざりして途中で断念してしまった。
釣り場選定に苦労する時期の今回の釣りは、ゴギの存在を確かめるために前回引き返したその更に上流へ行ってみようと思った。しかし、前回ちゃんと釣れた区間ですら魚がいない。この水の条件であってもだ。滝の先をなんて悠長なことは言っていられなくなってきた。
例によって魚切の先から滝が連続する区間が始まる。前回は一番大きな滝の上でもゴギはいた。それに期待しているが、引き返したその更に上流にも希望を抱いている。
この日は前回あれほどこの谷をにぎやかしていたお遍路さんご一行は全く姿を見せなかった。僕は遊歩道を独り占めして、大滝を巻いて上流へ向かった。
豊かな水の流れと、苔むした岩。この苔が谷の豊かさのバロメーターでもある。 山紫陽花はどことなく控えめで、まるで僕の釣りのようだ(!?)
このエリアを2万5千分の1の地形図で見てみると川筋をいくつもの等高線が交差している。それは短い区間でかなり標高が上がっていることを示している。
確かにこの川の落差の大きな滝が連続する様を見ると、見上げる高さで高度が上がっているのは容易に想像がつく。それはすなわち魚類が生息するにはキビシイ環境であることを物語っている。
まだ谷の両側は急峻な斜面に挟まれているが、その斜面の峰は結構近い位置にある。そういえば気のせいか若干空気が薄いような(気のせいか)。
期待の滝の上でようやく本日一匹目。しかしここまで登ってくるのは釣り人もゴギもご苦労様であることよ。
今年もこの滝、登っちゃいました〜。 滝の荒行を耐え抜いた修業中のゴギ様。
更に小さな滝をいくつも越えていく。遊歩道はそのかたわらにかろうじて並走していた。時折その途中が崩れて姿を消し、しばらくするとまた現れる。
僕は川を歩くのだから影響はないが、お遍路さんご一行はここを歩くのはさぞかし大変だろう。まさに巡礼というか修業みたいだなあ。
ただ僕にしても、これだけ一気に標高を上げる川は初めてだった。裏を返せば、そんな高低差の大きな川では良い釣りは望めないから知らず知らずのうちにそんな川は避けていたのかも知れない。
間違いなく竿を振る時間よりも岩にへばりついてよじ登っている時間の方が長いだろう。
こここそ魚止めか? と思わせるような滝を、それでも二つ越えてその先の流れに竿を出した。ゴギは出てこなかった。
遊歩道はついに鉄製のはしごに姿を変え、僕もそのはしごのお世話になることにした。
こんな上流へはやはり人の手によって移植されない限り、魚は棲んでいないのだろうか。でも案外こんなところにもドロッパエが知らん顔して泳いでいたりする。
その生命力たるや脱帽であるが。

しばらくして鉄のはしごの意味がわかった。
今までの滝を全部足したくらいの落差の大滝が現れたのだ。案内板にあった「大龍頭滝」だった。遊歩道もここで終わっていた。これは流石にムリだろう。ここは登れない。もちろんゴギも。お遍路さんご一行が険しい道を乗り越えてまで訪れる力の源のようなものを感じた。
滝直下のプールに重たいニンフを放り込んでみた。マーカーが引き込まれることはなかった。
勢い良く落ちる滝の水量に、この滝の更に上流に期待を抱いてしまった。
なぬ〜、これは人もゴギも登れません〜。
はしごを降りる時になって改めてその急角度を実感した。この辺りはもう道も川も山も垂直に空に向かっている。
そして川の水は真下に落ちているのだ。まるでここは天空に浮く小島のように思えた。
もしもここで生まれ育ったゴギが釣れたのなら、それは純粋無垢の、渓魚のアダムかイブってところだろうか。

滝の横に倒れた巨木に乗ってみた。生い茂る原生林の隙間から海が見えた気がした。
あ〜、晴れていたらなあ〜。