「ゴギから行こうや」
M川氏はそう言い、僕は頷いた。
目当ての支流中流域はまだ水が多い。ちょっとでも時間が経てば頃合いの水位にまで落ちるかも知れない。
中流のヤマメはお預けにして、まずはもっと上流へ向かった。

しばらく車を走らせるとほどなくしてゴギ域に突入する。川幅は狭く、生い茂るアシとクモの巣の防護壁は強靭だ。
こいつを突破するには、なぎ払う武器よりもくじけない精神力が必要となる。
やや増水の川で足腰のトレーニングです。
ゴギ域の上流部は予想にたがわずボサボサで、川面が見えない。小さな沢が右から左から注ぎ込んで、水量だけは平水以上だ。歩きにくいことこの上ない。
増水の時は普段見えない小さな沢や支流が見えてくる。見たことのない滝まで現れることもある。
まず僕がゴギを釣り、M川氏が続けざまに釣る。しかしサイズがもうひとつだ。アシをかき分けかき分け進むと細い村道と接する所に出た。古い護岸の下がえぐれた絶好のゴギポイントが見える。
M川氏がキャストする。ゆら〜っと太いゴギが姿を現わす・・ことはなかった。
アシの川のゴギ。
住み処が狭くて大きくなれません。
アシの密集地帯を抜けると細く深いプールが現れた。こここそゴギの住み処に思えた。
しかしM川氏はキャストしようとはしなかった。見るとその少し先の村道に軽のバンが停まっていた。
バンの人は夫婦連れの釣り師だったが、奥さんの方が川に降りて竿を振っていた。ご主人の方は車の中から奥さんの釣りを見ている。M川氏の話によるとこの夫婦はずいぶん昔からこのスタイルで釣りをしているらしい。
M川氏と僕はそこから道に上がり、車まで引き返すことにした。
アシを避けて、バックキャストは高目に。
堰堤の上からの一匹。良く引きます。 徐々にコンディションが上がってきたヤマメ。
予定の中流域へ戻った。来た時よりはいくらかは水が落ち着いているように見えた。
降り口の堰堤下でM川氏がまず一匹。流れに足をつけてみると上から見る以上に流れは太く重い。
先ほどまでのアシとクモの巣の洗礼は全く受けない。のびのびとキャスティングできる。気持ちよく投げた僕のフライに早速水しぶきが上がった。
上流から流れてくるのは水だけではない。開けた流れは風通しもいい。気持ちのいい涼風も水と同じ流速で僕を通り抜けていった。
また水しぶきが上がり、僕は遠慮なく大合わせで空振りした。
中流域を釣り上がり、何匹かのヤマメを手にしたのと時を同じくして、空腹が頭をもたげてきた。
車へ戻り昼食をとった。サタケのマジックライスにパスタ。そして濃いコーヒーを淹れる。暑い時間帯だが車は木陰に停めている。温かいごはんとコーヒーもおいしくのどを通っていった。

M川氏がプールに対峙していた。
ゆっくりと奥の流れ込みにフライを投げ入れた。しばらく水面に見入っていたM川氏がスッとロッドを立てた。
M川氏のヘラヤマメ。ダイナマイトバディです。
ロッドは一気に曲がり水面が割れ、それはフッキングしたとはわからなかった。
ネットに収まったヤマメはまるでヘラブナのような体型をしていた。
M川氏はそのヤマメのフライへのゆっくりとした出方がいたく気に入ったようだった。

気が付くと少し陽が傾いてきている。順光に照らされた渓がセピアのフィルター越しの色に変わった。
そろそろ今日の釣りも終わりが近い。
上の道を軽自動車が通り過ぎた。朝の夫婦連れだろうか。
ロッドを継ぐのは日常の細やかな夢を繋ぐことに似ている。

そういえばM川氏も普段は奥さんと釣りに行く。M川氏は運転をしないので、奥さんの運転で渓へ出向くのだ。さっきの夫婦連れと役割が逆だ。
でもそういう釣りもあるんだな。自分主動で釣りをするだけではない、それを見守る人と渓へ行き、釣りをする。
そんな釣りをし出したら、なんのための釣りなのかが、少し違ってくるのかも知れない。

更に陽が傾き、ヤマメの活性がにわかに昂ぶってきたようだ。
緑のオープンカフェでランチです。