今年も民族大移動の季節。五月連休の混雑を高速で実感した。
次々と僕を追い抜く車たち。この車がみんな釣りに行くのなら、今日の釣りはあきらめよう。
予想最高気温は25℃。早くも夏日を記録するかどうか。

いつものインターチェンジで降りて山あいの県道を進む。この辺りまで来ると車は少なく、快適に峠を登る。
しかし目当ての川筋に着くと、あちこちに停められた車にまた連休の混雑が蘇ってきた。
ぱたぱたと飛翔する黄色い川の住人。
いくつかの川は田んぼが始まっているらしく濁りが入っていた。狙っていた川は釣り師らしき車で駐車可能な場所が占められている。
川を辿って林道を下流方向へ下ってみた。しばらくしてようやく空いている離合帯のスペースを見つけた。
上も下も釣り師がいるだろう。どれだけ釣りが出来るかわからないが、始めることにした。
もうすでに日は高く、空が青い。
川に降りるとカワセミが青い残像を残して飛び去っていった。
山も木も川も精気をみなぎらせる季節。
連休に山へ出掛けてくる人たちは釣りばかりではない。山菜取りや山歩き、キャンプに写真撮影にといろいろあるだろう。
この川へ入る途中でも道端の大きな屋敷の庭先でシートを広げてくつろいでいる家族づれがいた。みんなそれなりに休日を楽しむために山へ出掛けてきている。
渋滞の高速、期せずしてにぎわう山あい。僕は川の流れに立って、妙に浮かれていた。
目の前を黄色の虫が羽ばたいていった。ミドリカワゲラだ。陽光に淡く透けて、飛んでいるのか風に流されているのかわからない。
僕はフライボックスからイエローサリーを取り出した。
この日この区間は釣り人は入っていなくても、前日までは大盛況だったようで、くっきりとした足跡がカウンターの代わりに来場者数を示している。
キリ番踏んだらナンかくれ。
しばらく釣り上がったが魚の気配はない。土手の向こうの舗装路はひっきりなしに行楽の車が行ったり来たりしているのが音でわかる。
大型のカディスが姿を現わしたが、目にとまる虫はやはりミドリカワゲラが多い。
ライズでもしてくれればいっぱつで決めてみせるのに。
ツヤのある翅が特徴のクロモンエグリトビケラ。
羽化直後のミドリカワゲラは、翅を立てる。
その様子はカゲロウと見まがう。
目につく虫が黄色なら、どうしても黄色のフライを結んでしまう。
突然爆音がとどろいた。川の横を通る林道をオフロードバイクが何台も疾駆していった。う〜む、さすがは黄金週間。しかし、ここはレース場か?
しばらく釣り上がると、またエンジン音がしてきた。今度は爆音ではないかわりにいつまでも音が聞こえる。
ふと視線を感じ横を見ると、大型SUVが僕の遡行のスピードに合わせて林道を並走していた。
運転手はにやにやしながら僕を見ている。なんだあ〜、どっか行け〜。
釣りの方はさっぱりだが、周辺のこのにぎやかさはなんなんだ?
ひっそりとした渓流で竿を振るのがいつもの釣りだが、この日はちょっと勝手が違うようだ。
橋の掛かっている所まできた。
実にここまで魚の気配0である。連休前半で釣り切られたということか?
まさか一匹残らずということはあるまいが相当スレてはいそうだ。
橋から人がのぞき込んでいる。嫌な予感がした。
予想通りその人は「釣れるか?」と声をかけてきた。橋の下のプールにはその人の影が落とされていた。僕は愛想笑いを浮かべて会釈した。
その人は林道脇の空き地で家族で昼ご飯を食べているようだった。
そーいや腹減ったなあ。
終日飛び続けたミドリカワゲラ。新緑の季節を迎えるための水先案内人のようだ。
たぶん最後の桜が散っているのだろう。はらはらと花びらが舞い落ちてきた。その花びらに混じってミドリカワゲラも同じような頼りなさでぱたぱたと飛んでいる。
ギャラリーの視線を受けながらの釣りなんて慣れていない。日常から解き放たれた人たちにとって、変わった道具で釣りをするのは珍しいのだろう。
でも僕の相手は行楽の人たちではなく、川の魚なのだ。
ミドリカワゲラと花びらの舞う流れでようやく僕のフライが水しぶきに消えた。
連休のにぎわいに困惑しているのは僕だけではなかった。