そいつは足下までやってきた。
小魚を追い回していたゴギは勢い余ってか僕の存在に気付かなかったのか、僕の1メートル先まで近づいた。
僕は身じろぎもせずゴギがまた小魚を追いかけて前方のプールに消えていくのを見ているだけだった。
なんともくやしいが、そのゴギは浅瀬だろうがプールだろうが、自由自在にクルージングしていたようだ。僕のフライには見向きもしない。
入渓してすぐの出来事だった。その場を過ぎると、川の両岸に山ツツジが咲きそろう流れが現れた。
鮮やかな色どりが川筋につづいている。
二匹大物を釣っていた。
それであるとは思えない大きさのオイカワだった。こんなサイズのオイカワが棲んでいるのなら小ヤマメなんかは追い立てられてしまうのではないか?
連休明けからあまり雨は降っておらず、どちらかと言うとちょっと水は少なめだった。
押し掛けた釣り人のプレッシャーと減水がヤマメ達を神経質にさせているのがわかる。
フライに反応はあるにはあるが、掛からない。掛かってもバレる。
非常にストレスの溜まる釣りだ。
焦ると疲れ、疲れると焦る悪循環。
山ツツジはこの時期のたいていの渓流で見られる。しかしこの川の場合はほかとはちょっと違っていた。
まるで市街地の植え込みみたいに、川筋に途切れることなく花を咲かせている。
一転目を山肌に転じるとそこには芽吹きの競演、今まさに新緑の彩りが山を埋め尽くしている。
キミドリとピンク。派手な色の組み合わせは違和感なく夏日の陽光を照り返していた。
足りないのはヤマメだ。ティペットを細く長く足した。フライはなにを結ぼうか。ハッチは少ない。ライズは見当たらない。
いや、なんかでかいのが飛んできた。
モンカゲロウか?
薄く黄色というか、それこそ新緑の色が入ったでかいのがばたばたと飛んでいった。
あんなでかいフライは持っていないがちょっとでもイメージに近づけようと、フライを#12の黄色系のパラシュートを結んだ。
中くらいのプールへキャスト。一発で出た。イケるじゃないか。
あとはサイズだ。体に不釣り合いなフライをくわえた極小ヤマメをリリースし、前方の新緑のトンネルへ向かった。
オオヤマカワゲラ。こいつを食うヤマメを釣りたいなあ。
しばらく釣り上がったが相変わらず反応はあるが掛からない。
しかもその反応もどうみても小さいヤマメのそれだ。
やはりこの辺りもかなりの釣り人が入っている感じだなあ。それが今がある程度落ち着いた時期ならば、それなりに魚も少なくなってしまっているのか。
魚の方にしてみれば活性が上がってきて、どんどん瀬に出てくる頃のはずで、本当ならドライフライの釣りもテンポよく楽しくできてもおかしくないのだが。
新緑とツツジは一番いい季節だが、釣りにはちょっと遅かったようだ。

また小ヤマメが掛かった。どう見ても#12は不釣り合いで、フライのサイズを落としてみた。
そろそろ日も高くなり日なたのポイントは釣れそうもなく、釣り人の体力も奪っていく。
ここらで燃料補給の一匹が出ないかねえ。
日が昇りきり、これから暑さが降り注いでくる時間。
それにしてもこの新緑。紅葉よりも好きだなあ。 ちっ、全然釣れねえな。待ってても無駄か。
スッと川面に影が走った。ふわりとトンビが上空を通過し、前方の木に止まった。
僕の方をじっと見ている。僕が釣ったヤマメをもらおうと待っているみたいだ。よし、まかせ。ここで一匹釣ってみせようじゃないか。
トンビの止まる木の下の流れの深みにキャスト。ひと流し、ふた流し、・・・出ない。
いやトンビ君、いれば出るんだよ。出ないということは魚がいないのよ。
するとトンビは僕のウデを見切ったのか、いくら待っても釣れないことを感じ取ったのか、あきらめたように飛び立っていった。
思えばこの日は初っぱなにゴギには無視されるわトンビには呆れられるわ釣れないわで、散々だなあ。
狙っていた流れの区間はほぼ終わりに近づいた。目安にしていた橋が見える。ここから上がる予定だ。
その先は左側が護岸で、浅いちゃらちゃらの瀬が続き、ポイントがあまりない。しかも護岸の上には道路が通っているから、通り掛かりの人に
「こんなところで釣っとらあ」っていう目で見られかねない。
「!?」
ピンときた。それは逆か!?
不調は続くが山ツツジも途切れない。
川の様子も雰囲気もどれを取ってもほとんどの釣り人がここで上がるだろう。とすれば・・・。
ちゃらちゃら区間に入った。水深がない。魚がつきそうもない流れを流すと一発で出た。
その先の水たまりでも一匹。ポイントはない。いや全域がポイントだ。どこにでもいるから気が抜けない。
およそ今までの流れがなんだったのかというくらいに出る出る。この流域のヤマメが全部ここに集中しているかのようだ。
ようやく余裕を持って、いまだに途切れないツツジを見ることができた。
全域区間のヤマメ。
魚影が濃過ぎてみんなちっちゃいですがσ(^_^;)