雨の音で目が覚めた。
(そうとう降ってるなあ。こりゃあ今日は無理か)
むにゃむにゃと二度寝。再び目が覚めると雨は止んでいた。時計は八時を少し回っている。
パソコンでアメダスを確認すると雨雲はこの辺りからは離れつつあった。
パンとヨーグルトを口の中に押し込みながら、どうするかなあと考えた。
でも一時間後にはインターチェンジからすぐの所にある川に立っていた。
やっぱりな。そうだと思った。
空を見ると雨具はどうやら必要ないようだ。
水上カフェでリラックス。これで緑茶がビールなら(^_^;
渓へ降りるとすぐに偏光グラスが曇った。全く見えない。
細い流れの筋にはかなりの量の湿気がこもっていた。早くも湿度にバテてきてしまった。
川は若干の増水と濁りがあった。この辺りも朝の激しい雨が降ったようだ。
呼吸を整えて少し経つと曇りが消えてきた。
まずは一投、すぐにゴギが出た。二投目でまたゴギ。
なんだか久しぶりの釣りだが、ゴギ達も歓迎ムードではないか。
不意にムッとする湿っぽい風が上流から吹いてきた。これがなきゃあな。
紫陽花畑のむこうに細流が隠れている。
幸運にもブヨはあまり飛んでこない。そのかわりやはりというかクモの巣は縦横無尽に張り巡らされている。
気が付くとフライがない。ちょっとヤバいな。この季節に使えるフライはピーコックとCoq De Leon を使ったものが数本あるだけだ。
あんまりロストが続くとすぐにフライボックスが底をついてしまう。
こまめにティペットを引っ張りながらフライをポイントへ投げる。しかし最初の二匹以降、フライを見に来る魚はいなかった。
釣り始めてから一時間くらいだが、もう昼を回っていた。
久しぶりにアマゴも出た。かなり神経質ですが。
ベストを脱ぎウェーダーもおろして休憩。ペットボトルのぬるい水を飲み顔を洗う。
この辺りから好ポイントが続く。気分一新で臨まねば。
汗のかきようも尋常ではなかった。帽子とシャツの袖を濡らし気化熱でクールダウン。これで涼風でも吹けばきっとパワフルなゴギが釣れるに違いない。
釣りは釣り人の精神状態が強く影響する。少なくとも僕の場合はそうだ。暑い、イライラするでは集中力も途切れ途切れで、よそ見の時に限って出る、を連発してしまう。
そしてそんな状態で川に立ったら、なんだかそれだけで魚が散ってしまうような気がする。やっぱり魚の潜むポイントに対峙するには、釣り人は風景と化さなければならない。
岩陰にフライが隠れた。
影が走り、僕はロッドをあおった。
小気味よい手応えはゴギだ。ググンと引いてロッドを曲げる。
ようやく三回目の反応でホッとしたら、ゴギがジャンプ!
そのまま空中でぐりぐり首を振った。
フライはいとも簡単に振り外されてしまった。空中で首振りだなんて、これはもう防ぎようがない。なんなんだ、ここのゴギは。

更に上流へ。
目を凝らすと川筋になにかが見える。偏光グラスを外すと、水面をブロックするかのようにクモの巣が網状に張ってあるのが確認できた。
その下は絶好のポイントだ。
五回投げてフライは水面に届かない。六回目でフライはなくなっていた。
これだけ上の空間で騒がしてしまえば、どのみちこのポイントの魚も散ってしまっているだろう。全くもって釣りにならない。
夏の細流。
アシとクモの巣に守られた渓魚達の住み家。
たわずかな時間、うろこ雲が現れた。
哀れ、クモの巣の餌食になったモンカゲロウ様。
強い日差しはないものの、厚い雲を突き抜けて確かに夏の熱が降りてきている。
もうシャツが汗でべっちょりだ。またペットボトルの水を飲んで水分補給。
川の水で顔を洗い、また帽子を水に浸けた。水を切らないでそのままかぶる。こりゃあ気持ち良いなあ。
リフレッシュして向かうプール。攻めあぐねるゆるい流れだ。
しばらく見ていると小さなライズがあった。その水底にぎらりと魚体が光った。幅広のそれはゴギではない。アマゴだ。
きっとここがこの日最後のヤマ場だ。ティペットをチェックして、慎重にキャストした。
フライは一番いいところに落ちた。出るか? 鼻息が荒くなる。
と、その息でまた偏光グラスが曇った。その曇りの向こうでわずかに水面が弾けるのが見えた。

掛かったアマゴはさんざんプールを走り回り、ようやくネットに収まった。
背中のたくましいアマゴを釣って、いくらか満足した。
気が付くと上流からもやのかたまりが風に乗って流れ降りてきていた。
すでに半分は水の中にいるようなもんだ。この高湿度の中に居て、僕はもはや抵抗するすべがない。
もうひとつ乗り越えなければならないものがある。
渓からの脱出だ。薮を越えクモの巣と汗にまみれて、それでも車まで辿り着いて着替えてようやくひと息つける。
僕は意を決して厚いブッシュの壁にとりついた。
秘密の水路で脱出。ここでもクモの巣まみれに。