ほとんどエンジン音がせず、気がつくと背後に軽トラが停まっていた。漁協の車だった。
「今からかね」
「はい。ここらへん、どうですかね?」
「・・・まあ、やってみんさい」
ぬぬぬ、なんだその受け答え。ダメなの? はっきり言ってくれ。
軽トラが行ったあと、何台かの釣り師車が通過した。やっぱりここでやってみるか。
なんだか一週間前のここらあたりのにぎわいが容易に想像できそうだ。
主陵連峰には今週も雪が。ただ陽射しは強め。
時折深みがある以外はなんとも変化に乏しい流れだった。
だから余計に数少ないポイントになりそうなところは、解禁日の総攻撃を受けていそうで、釣れる気がしない。
カディス、パラシュート、ニンフと次々に結び変えて流れに投じるが、一向に魚が出てくる気配もない。
朝は結構冷え込んだが、もうすっかりあたたかい。あたたかいというよりも暑い。今週も着すぎだ。
この日は風もない。場所を変えてどこかでライズに出くわさないかなあ。
フラットな流れが続く西の川。
上流側へ移動してみたが、目ぼしい場所のいたる所に車が停まっている。
かなり上流域まで向かった。それはこのあたりに密かに期待しているポイントがあるからだ。何年か前、ちょうどこの季節にこの川の上流部で良い釣りをしたことがあった。夢よもう一度、というわけではないが、魚が育つ条件がそろっている場所なのかもしれない。
目当てのポイント手前の道路の離合帯が見えた。残念ながら車が停まっていた。やっぱりか〜。
車の主がエサ釣りの人なら僕と違って朝早いうちから入渓しているだろう。それでもせめてあのポイントには投げてみないと気が済まない。先行者がいることを承知でここから降りてみることにした。
狙いのポイントは二段の低い堰堤があるその上だ。堰堤の下をいくらか流してみるが、反応はない。
ここでもドライとニンフをとっかえひっかえで攻めてみた。
思えば解禁二週目は、釣れないことが多い。解禁後の最初の釣りは、魚の在庫もあるし気合いの入れようも違う。二週目はちょっと気が抜ける感じかなあ。
なにげなく投げたらフライを追う影が見えた。そのままくるかと思ったが、影はつれなくUターンしていった。
マエグロのダン。スピナーはクロタニガワの方がよく見かけるんだけど。
二つ目の堰堤を上がっていよいよ目当てのポイントが見えた。かなり土砂で埋まって浅くなっていたが、まだ何年前かの様子を残していた。
一投目、パラシュートをゆるくうねる流れに落とした。
白いインジケーター部が水面の反射のきらめきに紛れそうになる直前、水中から垂直に異物が飛び出すのが見えた。
ロッドをあおり、確かにのったのが伝わった。それは一瞬で途切れた。
やっぱりここに居たか〜。残念。
どうするか。このままもう少し釣り上がるか。
きらきら反射する川面は時としてフライを隠してしまう。
そのまま上流のゆるそうなポイントをいくつか流してみた。
しかし先行者がいるのだからやっぱり出ないし、それが頭にあるとキャストにも身が入らない。目立った足跡は今しがたのものか昨日おとといのものか、混ざっていてよくわからなかった。
なんでもない流れの岩陰で唐突に魚が飛び出した。
呆気なく釣れたがなんともくたびれたヤマメだった。かろうじてこいつが僕のフライを相手にしてくれる一匹だという感じだった。
ようやくの一匹は、解禁日を切り抜けてなんだかお疲れ気味でした。
えさ釣り師。僕のポイントで釣らないでね(^_^; 山K氏とmG。ライズを狙ってます。
それから更に上流へ釣り上がったが、うんともすんとも言わなくなった。もうここから先はこれ以上粘ってもむつかしそうだった。車へ戻ることにした。
川沿いの県道を歩いて戻っていると、僕のバラしたポイントで竿を出している釣り人が見えた。
そこではそうとは思わなかったが、車まで戻って先に停めていたもう一台を見た時、ふと今の釣り人がこの車の人だと気が付いた。
彼は車を停めて一旦下流へ歩いて下り、そこから釣り上がっていたのだ。
僕の思う先行者は実は僕の後ろにいた。
ならば一匹しか釣れなかったのは、いなかった先行者のせいにはできないな。先週の解禁総攻撃でスレたのと、あとは腕です。ウデ。
車で来た道を戻った。途中の開けた川筋に釣り仲間の山K氏とmGがいるのが見えた。
車を停めて見ていると僕に気付いて手で弧を描く仕草をして見せた。どうやらライズを狙っているようだ。
mGがキャストし、すぐに鋭くロッドをあおったがのらなかったようだ。
二人に合流し彼らの車の所まで乗せていった。車の停めてある所は僕が今朝最初に入って釣り上がった区間だった。
「なんじゃあ、もう釣ったあとじゃったんじゃあ」と山K氏が空を仰いだ。
僕はここでも先行者になっていた。
この辺りのシンボル、Mヶ岳の見下ろす川土手を辿る。