これだけ暑い日が続くと釣りに行くのにも相当の覚悟が必要になってくる。
日焼けや熱中症のリスク、クモの巣やブヨの不快さ、そしてなにより超がつくほどの渇水の川で果たしてヤマメが釣れるのか? そんな期待薄の状況がわかっていて出掛けるには・・・、やっぱり強い信念がないとな。

僕にはそんな強い信念は持ち合わせがない。それが健気に早起きして高速に乗れたのは、もうひとつの目的があったからだ。
どんなに悲惨で汗どろどろの釣りになったとしても、そのあとに温泉に入れる。
これが僕の起爆剤になった。
この日はいつもの通い慣れた温泉とは違う所に行く。そのためにその温泉の近くで、この熱射の季節になんとか釣りになりそうな川も見当をつけた。行くからには期待はするが、多くはしない。
果たして首尾よく気持ち良い温泉にするための、結果のある釣りになるかどうか?
僕の心配をよそに、朝の空は厚い雲に覆われていた。
堰堤を越える。
その先に良い事があると信じて(^_^;
目的の温泉、じゃない川は五年振りくらいになる。
集落を過ぎ、長い林道を奥へ奥へとひたすら進む。以前は荒れていたここの林道も、かなり整備されて走りやすくなっていた。普通車でも十分走れる道になっている。
途中途中で川をのぞくがなんとも心細い水量だった。
上流へ行くと逆に水量が増えるケースもなくはない。地形の関係で表層を流れる水の量は常に変わる。
入渓地点に着いた。それを待ちかまえていたかのようにアブが集まってきた。
この山、この森。文句なし。それでも川の水がなあ。
アブの猛攻撃をかわしつつ着替えてすぐに川へ降りた。
僕の記憶が確かならば、水量は何年か前に来た時の半分以下に思えた。そしてそんな頼りない流れをびっしり覆うクモの巣。生半可な覚悟なんて砕け散ってしまいそうな現実を目の前に見た。
ただこのまますごすご引き返すわけにもいかない。無理なポイントは飛ばして上流へ歩き始めた。
かすかに覚えていた好ポイントのプールもシューズのくるぶしくらいの水深しかない。全く竿を出せないまま堰堤のところまできた。こんなに堰堤までが近かっただろうか?
滝のような汗を噴き出しながら堰堤横の斜面登りきった。呼吸が乱れてなかなか収まらない。
堰堤上は予想通り水の流れはなかった。伏流水だ。
ガレ場のような川底を水のあるところまで歩いた。また汗が噴き出す。
少し薄暗い場所だからどこからかブヨもやってきて目の前を何匹も滞空し始めた。
ほどなく水が復活してきたが、まだ細流だ。もちろんここにもクモの巣がある。注意してキャストすると一発でティペットが切れ、フライがあらぬ方向に飛んでいった。
堰堤一区間に一匹。そんなことがあるだろうか?
進むにつれ谷は深くなり薄暗くなってきた。
そんな谷は湿気がこもりブヨの巣窟となっている。
もう顔の周りに何十匹跳んでいるのかわからない。暗いから偏光グラスをしているとよく見えず、更には湿気と自分の呼吸で曇って視界は極めて悪い。
グラスを外すとブヨが次々と目の中に突撃してくる。そんな状態で投げた所で、フライはクモの巣に引っ掛かって水面に届かず、これは釣りではない。
ろくにフライを流せないまま時間が過ぎ、二つ目の堰堤が見えてきた。
なにかに引き寄せられるかのように上流へ向かう。
二つ目の堰堤も記憶には残っていたが、こんなにも早く到着するとは思わなかった。
ここまで釣りにならない所も多かったが、魚の気配は一切なかった。上下流を堰堤に挟まれていては、なかなな定着しにくいのかもしれない。
堰堤直下のプールは深く、そこだけ青く澄み切った水をたっぷりたたえていた。ここまで魚が出なかった以上ここに賭けるしかない。
ファーストキャストを一番いいポイントに。堰堤下の水の出口横にキャストした。
下から突き上げるようなライズ! やっぱりここにいた!!
上下の堰堤間にヤマメが一匹なんてことはないかも知れないが、それにかなり近い状況なのだろうか。
ひとしきり写真を撮ってリリースし、ひと休みしようと帽子やらベストやらを脱いだ。
ふと帽子を見ると何匹もの毛虫がのっかっていた。上空の木から落ちてきたのか。急きょ避難。
あらためてこの川、この山を見てみると、なんとも豊かな環境だ。
広葉樹の森がたっぷりと広がり、いろんな虫達もうごめいている。
もっと雨が降っていたらこの堰堤間にもまだヤマメがいたはずだ。
熱射を遮る頼もしい森。
それはいろんな生き物を育むということでもある。
二つ目の堰堤を越え、更に数が減ってきたポイントを探っていく。
クモの巣はフライラインにもリーダーにもいくつものコブを作っていて、キャスティングしにくいったらない。フライにまとわりついたクモの巣をむしり取ったりティペットを結び直したりを繰り返す。
もはやドキドキするようなポイントはなく、貧弱な水量のポイントを攻めざるを得ない。
ちょろちょろの流れにフライを落とした。するとまるでその横の岩の割れ目から現れたようにスッとゴギがフライをくわえた。
次の堰堤区間はゴギゾーン・・・のはずだったが。
更に川は小さく頼りなくなってきた。
その分クモの巣とブヨの密度は高まっているようにも思える。気をつけないと毛虫だって例外ではない。
二つ目の堰堤上でようやくのゴギだったが、そのあとは続かなかった。
体力と気力の消耗だけが進み、そしてひとつの滝に辿り着いた。
僕は一回だけフライを投げ、ラインを巻き取った。

その温泉はちょっとしたスパリゾートのような建物だった。
ここではもうアブやブヨの心配はしなくてよさそうだ。僕は露天風呂で頭の先まで湯の中に沈めた。
汗とクモの巣でドロドロの体にはやっぱり温泉でしょう。