しばらくゴギを釣っていないなあ。
それならゴギを釣りに行こう。
不意にそう思い立ち、週末の行き先が決まった。
その川は川沿いに林道は通っているが、伐採作業中で一般車両は通行止めになっていた。
木を切り出され痛々しい山肌をあらわにされた山を見るのは心が痛い。
しかし、その更に先には間違いなくゴギの川がある。
僕は延々と続く林道を歩いて上流へ向かった。
曇りで湿度の高い朝だった。
この季節にバッタ様は何を思うのか。
先週、今週と沿岸部はかなりの雨が降っていた。でもこの辺りはお湿り程度の降水量だったようだ。
目に見えて水位が上がっているふうでもなく、むしろ少ないくらいか。
細流の少ないポイントに、それでも期待だけは大きく重く、フライを投じていった。
すぐにフライを弾き飛ばすようにゴギが出たが、空振りしてしまった。
やっぱりな、ちゃんとこの川にはゴギがいる。
きっとかなりの魚影で流下するテレストリアルを待っているに違いない。
もう開けた場所での釣りは期待できない。
金曜日の夜、M川氏の工房を訪ねた。
「明日はどこ行くんや?」と、すでに今シーズンを納竿したM川氏は笑いながら聞いてきた。
今年の釣りは今一つ調子に乗り切れなかったとM川氏はこぼす。そしてロッドケースを持ってきた。
それは僕のバンブーロッドだった。ティップを折ってしまったのは盆のころだった。
修理が終わって、なんとかこの週末の釣りに間に合った。実はM川ロッドのティップを折るのはこれが二回目で、なんとも不注意で反省しきりだった。
このロッドでゴギを釣る。そうイメージして、伐採中の山へ向かった。作業場所の更に上流は人が入っておらず、ゴギのパラダイスになっているに違いないと、そう信じて疑わなかった。
最初の空振りからあとはしばらくゴギは出てこなかった。
流石にこの季節の上流域だ。薮やアシや張り出した枝葉でかなり釣りづらい。というよりも前へ進むのさえむつかしい場所もある。
まともにキャスティングしてフライをポイントへ落とせる場所もなかなか現れない。
それでも数少ない絶好のポイントが来ると、ティペットとフライをチェックし、慎重に投じる。
だがゴギが出てこない。期待が大き過ぎただけではない。これはちょっとヘンだな。
ゴギの溢れる川。夢と現実が交錯する。
かなりの距離を歩いて入渓しているので、簡単には車へ戻れない。昼のおにぎりも持ってきた。しかし、まだ10時にもならないのに全部食べてしまった。
ずいぶん長く川を釣り上がったような気がする。伐採作業が釣り人をシャットアウトしていたなんていうのは甘い考えだったかも知れないが、川のコンディションもそんなに悪い訳ではない。ゴギの川に全くゴギがいないなんていう事態が起こりうるのだろうか。

突然黒い塊がフライに引っ掛かった。
ゴギだった。こんなゴギは初めて見たし、なにかゴギが追いつめられてしまっているようにも見えた。
M川氏がゴギ域へのヤマメの進出を懸念していたことを思い出した。
ゴギの生息域にヤマメが入るとゴギがいなくなると。それは放流によるものもあれば徐々にヤマメが下流から上がってくることもあるかもしれない。様々な環境の変化でさえ、ゴギの生活に影響しうるはずだ。
やっと出た黒いゴギ。
この川に何がおこったのか?
僕がこの川で来た事のある最上流部まで来た。
ここまでに黒いゴギのほかに子供のゴギが二匹出た。
赤とんぼが飛び交い、八月とは思えない涼やかな風が吹いた。
このままじゃあ帰りの長い林道を歩くなんて考えられない。落胆のままでは距離は2倍になる。
僕は未知の上流部へ足を進めた。
しばらく行くと落差のある滝があった。この滝をゴギが登るかどうか。だが僕は確かめずにはおられなかった。この川のゴギはみんな滝の上に行ったのだと思いたい。
納得のいくまで。ゴギを求めて滝の上へ。
枯れることのない川と絶えることのないゴギの営み。 ベストも汗と汚れでドロドロ。
脱いで置くとただのゴミみたい。
滝の上はアブラハヤの聖域だった。いたるところにいる。
こいつらの生存能力はある意味すごいと思う。
流れは徐々に細くなり、なめ岩の区間が続いたりゴルジェ帯が現れたりして、いよいよ源流の様相になってきた。
もはやここへゴギが上がってきているとも思えなくなってきた。
こんな細流では何匹ものゴギが餌を取りあってはお互いに生き延びる事はできそうもない。
いても一匹か・・・。
その一匹がきた。
ようやく待ってましたのゴギ。次は?
不意に視界が開けてきた。
ガレ場というか大小の石が転がっている。そして水はその隙間を流れていて、川という感じではなくなってきた。
僕はその石と石の間の水のたまりにフライを放り込みながら進んだ。
次第に石は大きく荒くなってきて、その陰の水の流れが見えにくくなってきた。
僕は水を探して石を飛び越えながら更に上流を目指した。フライは石の上にしか落ちなくなっていた。
流れは地面に消えていった。
川はどこだ? 水はどこだ?