岩の上を見ると毛虫がいる。
ちょっと時期が早過ぎやしないか? いやでもニンフはちゃんと活発に水中でうごめいているのだから、毛虫がもぞもぞしていても別におかしくはないのか。
橋の裏側にどうやらツバメが巣を作っているらしい。前にもあったが、またまた川筋をツバメがびゅんびゅん飛んでいる。
ぱらぱらと雨が落ち出した。どうもそんな雲行きだったが、とうとう雲の水蒸気がオーバーフローしたか。もともとカッパは着ていた。どちらかというと防寒のつもりだった。

ツバメの飛び交う橋の下のプールでいきなり一匹目。なんとも渋い出方だったがなんとかフッキングしたようだ。
立ち込んでものの数分で足がひんやり冷たい。渋いヤマメをリリースして空を見ると、薄い雲の向こうに太陽が見える。雲は驚くほど高速で流れている。
なんだか大荒れの予感がするなあ。
最初のうちは雨。
今年初めてカッパを羽織って釣り開始。
本命は本流のライズだった。
しかし着く早々の天候不順。見れば水位もかなり高い。
時間が経てばライズにも期待がもてるかも知れない。ということで、早々に支流へ逃げ込んだ。
また一匹。先ほどよりも小さいヤマメだ。そしてまた。
サイズはともかくいやにたくさんいるなあ、と思っていたら橋の上から地元のおばさんがなにかを川へ落とした。
まき餌? いや残飯??
むむむ、これが魚影の濃い原因か?
まるで解禁直後のヤマメのよう。
雨は降ったり止んだりを繰り返している。当然虫など飛ぶはずもなく、と思っていたら黄色い虫が飛んだ。
色と飛び方でミドリカワゲラとすぐにわかった。
しかしミドリカワゲラは小さい。この支流でさえ増水気味で流れは荒れている。小さなサイズのフライはなんかこう釣れる気がしなくて結べなかった。支流を少し釣り上がった。何回かフライを追う影が見えたが食いつくまでにはいかない。
なんとも活性の低い、まるで解禁当初のようだ。そしてそれは釣り手も同じだった。
里の川に似つかわしくない急流と化す。
またふわりとミドリカワゲラが飛んだ。
なんとはなしにその飛ぶ姿を目で追っていたら、一瞬影が走りミドリカワゲラは消えた。
ツバメだ。ツバメが空中のカワゲラを飛び去りざまに見事に捕食した。まあツバメも虫を食べるよなあ。ヒナに持って帰るのかねえ。
と、はたと気が付いた。へたにフォルスキャストしてたらフライにツバメが食いつくんじゃないのか? だいぶ前にイトトンボが空中のフライに食いついたことがあった。ツバメはイトトンボよりは利口そうだけど、なんだかちょっと落ち着かない。
ツバメの飛び交う辺りを早々に引き上げ、もっと上流へ移動することにした。
いつの間にか雨は止んでいた。
相変わらず雲の流れは早く、たまに雲の切れ間から陽が射すがわずかの間だけだ。
少し風が出てきた。
移動した区間は雰囲気としては悪くない。水は多いが釣れない水位でもない。逆光がちょっと難だが。
土手には山ツツジが咲き、草も青々と伸びている。いくらか新緑の葉を付けている木もある。
それでもなんだか新緑の季節の躍動が感じられない。気温も水温も上がらず体も雨でヒンヤリとしているからだろうか。
解禁後の釣行ラッシュをくぐり抜けたヤマメ様。
お疲れさまです。
釣り上がったがツバメの区間を過ぎてからは一匹も出ない。
ツバメのいない所には餌になる虫もおらず、それを食べるヤマメもいないということか。正に川の鳥山だな。
まだ雲が多く残っているが、だんだん陽の射す時間が長くなってきた。
僕はようやくカッパを脱ぎ、一度車まで戻ろうと川土手にちょうどあった石段を登った。
その先は民家の裏庭の畑で、僕はそそくさとそこを通らせてもらい道路へ出た。するとちょっと先の離合帯にすぐ釣り師とわかる車が止まっていた。
出合いまで戻る。やっぱり橋から川をのぞいてみます。
本流はそう簡単には水は落ち着いてはいなかった。まあそうだわな、ものの三時間かそこらじゃあね。
見上げる土手の更に上にはツバメが飛んでいる。土手より下には降りてこないようだからフォルスキャストも心配なさそうだ。
川原を水際に向かって歩いていくと、不意にゴッと音が鳴り、強風が吹き抜けていった。
一瞬かと思ったが、また吹く。吹き続ける。それは春先の強風のレベルではなかった。正面から受けると人も季節でさえも押し返されるほどの風だ。
あと少し水が引いて、風が止んだら完璧。
石に腰掛けて風が止むのを待った。
もちろん水面も凝視する。水は減っていないが朝よりは気温が上がっているし、きっと水温も。
強風が水面を大きく波立たせている。時折白いものが現れるがそれは波頭だろう。
空は青く広がっている。雲も吹き飛ばされたようだ。四月下旬でこの強風はないだろうと誰かに文句を言いたい。
本命ライズも起きやしない。水面は波頭が立つだけ、・・・?
妙に輪郭のはっきりした波頭・・。
ライズだ!
季節の後戻りはヤマメ様にも予想外です。
土手の護岸際の筋。波立つ水面に見え隠れしながら確かにライズ。
ダンパターンを結んでキャスト。強風で全く飛ばない。
ティペットを切って短くした。それでも押し返される。
何度か投げてようやく流れにフライが落ちた。出ない。もう一度。出ない。
更にティペットを短くしキャスト。ドンピシャのレーン。スルッと波頭が立つ。
合わせると軽い手応えが乗った。と、急に重くなり流れをどんどん下る。
僕は後ずさる春を捕らえた。
更にライズを求めて。空はいつの間にか快晴。