フロントガラスに張り付くように落ちてくる。音がしないことがかえって不自然で、僕は今降っているのが雨ではないのではないかと思った。
予報は徐々に回復すると言っていたし、雨雲レーダーでもこのあたりには目立った雲はないと出ている。
それでもしとしとと雨は降りやまない。風も吹いたり止んだりを繰り返し、上空の雲はかなりの速度で流されていた。
昼が近くなってきたのに辺りは逆に薄暗くなってきた。
僕はなかなか車から出られないでいた。
しっぽ巻いて帰るのではありあません。これから釣るのです。
国土交通省のテレメータ雨量とテレメータ水位を見ていた。
前日からの累加雨量は50mm、水位は1日で20mm増えていた。
行けばなんとかなる、どこかに釣れる場所はある、というノリでいつも出掛けていた。
結局国土交通省のデータを、行く行かないの判断には使っていないのだ。
目の前の増水した川は、データの精度を物語っているが、水位が20mm上がっているから行くのやめよう、というのもやっぱり難しいところがある。
気持ちの方は週末の釣行に向けて調整済みだったからだ。
今日こそは、おまえにヤマメの引きを教えてやる〜。
前回の釣りでは雪と強風にやられ風邪を引いてしまった。
2週あいて、なんとか体調も戻り今度こその思いもしょっての釣行だった。テレメータがどう言おうが来るしかなかった。
本流筋は増水のにごりでとても釣りにはならない。
前回と同じく支流へと逃げ込む事になった。
雨でぬかるんだ林道を走ると車の汚れ方も尋常ではなくなる。それでもほかに行くところを思いつかず、少しでも釣りになりそうな流れを探して林道を進んだ。
超小型ストーン。こいつしかいません。
目が覚めて一瞬今の状況がわからなくなった。少しして林道脇の空き地に車を停めて仮眠をとったことを思い出した。
外の景色が違っていた。雨は降っているが明るい。陽が射している。
それだけで気分も少し明るくなる。時刻は13時を回っていた。僕はようやくウェーダーを履く気になった。
空き地の横には流れのゆるい小プールがある。水位は上がっているが激しく波立っている訳ではなかった。もうここくらいしか釣りができそうな場所がない。
ロッドを振る前に川原の石まわりを観察してみた。石をはぐってもカゲロウの幼虫がはい回る姿は見えなかった。水際の石にも抜け殻を見つける事はできない。まだこの谷に春は遠いようだった。
水深は増水もあってそこそこあるが、フラットな流れはドライフライを流したい。
M川氏のパターンを真似て巻いたイマージャーを結ぶ。
本当ならライズを見つけてから使いたいところだが、この日はどれだけまともな釣りができるかという状況だから仕方がない。
解禁一回目の釣りでワカサギみたいなヤマメを一匹釣って以来、三週間その類いの魚を見ていない。
生き物の気配くらいないのか、っとキャスト。落ちたフライにポコンと出た。
僕はキョトンとして見送った。まさか出るとは思っていなかった。
なんとか釣りになる流れ。ヤマメは??
水中をスッと魚影が走った。どうやらここにいくらかはいるみたいがフライには出なくなった。
対岸の手前のゆるそうな流れにキャスト。また出たが食わない。
フライを変えてみた。ヘンハックルで巻いたソラックス。ウィングにはニホンジカのボディヘア。
流れをまたいでキャスト。メンディングが間に合わない。ドラグが掛かったすぐあとに出た。
ろくに合わせられなかったが、ラインをたぐると掛かっていた。
林道を上流へと移動した。
また一ヶ所ゆるい流れを見つけた。探せばなんとかあるものだ。
新開発(!?)ソラックスイマージャー。効果のほどは?
水辺の花も開くのをためらっている様子。
かなり無理してお付き合いしていただきました。
虫が飛ぶまで釣りしない? なら最初の釣り人に僕がなる。
辺りはまた薄暗くなり雨足も強くなってきた。もう陽射しは期待できそうもなかった。
ここにも虫はいない。さっきもそうだったが、虫がいないのになぜヤマメはフライを食ったのか。
春になり切れずくすぶった川もいつかは虫が動き出す。その最初のハッチにこのフライがなったと思えばいいのではないか?
以前M川氏が言っていた、「ライズを作る」とはこういう事だったのかも知れない。
そんな事を考えながら流していると、薄暗い流れの中のソラックスを僕は見失ってしまった。