其の百一  水辺の近況 「ロッドを持たない釣り」
9月末から10月にかけてやたらに天気のいい日が続いている。日中はまだまだ夏のように暑い。
禁漁になってからひと月以上が経った。そろそろ渓流ではペアリングの準備が始まる頃だ。
禁漁期間恒例の渓流巡りに出掛けたのは10月の初旬だった。願わくばもう少し陽射しが和らがないもんかね。

インターチェンジを降りてコンビニに寄り、通い慣れた谷へと向かう。
もちろんロッドなんか持ってきている訳がない。ウェーダーですら持ってきていない。
カメラとMSRのストーブだけだ。ま、この暑さだから湯を沸かしてコーヒーでもっていう気にはならんわな。
川筋の林道に着いた。木陰に車を停めてカメラにフィルムを装填した。
落ち込みのポイントへキャスト。
むむ、自分の影が思いっきり・・・。
陽射しはまだまだ強烈だから、流れに反射する水のキラメキも鮮やかだ。
川原から覗ける範囲で見てみるが、そう簡単にはヤマメの姿は見えやしない。
きらめく水面にレンズを向けてファインダーを覗く。被写体が明るく反射しているから露出を+補正でシャッターを切る。

オフシーズンは川の写真をよく撮る。
釣りをしている時にはなかなかそんな余裕はないから、釣りざおを持っていない時でないと川の写真なんて撮れるもんじゃない。
シーズン中は釣れないポイントも、禁漁中だと釣れそうな気がしてならない。
少し歩くとイイ感じのプールが見えてきた。魚の姿は見えないが、流れのポイントはいかにも魚が棲んでいそうな佇まいだ。今年はこのあたりでは釣りをしたっけ? どうだったかよく覚えていない。 もしこのポイントを攻めるなら、どうやるか? 
まずはプールの真ん中の流心にフライを落とす。風がないからフォルスキャスト一回でそのままシュート。フライは流心をちょっと外れて着水。直後に魚が飛びつく。慌てて大合わせ。しかし、重い手応えがズシッと伝わってくる・・・。
いかんいかん、妄想にふけってしまった。
次のポイントへ行くと、小さなアマゴがゆらゆら泳いでいるのが見れた。
ここでまた妄想モード。
見えている魚をどう釣るか。ティペットを細く長く継ぎ替える。フライは#18。フロータントはなしでクロスストリームでキャスト。
水面が弾ける様子はない。そのまま流し切ってピックアップ。
同時に魚の手応え。来てたのか?

うむむ、ありがち〜。
まあこれも、今年何回も経験したことですが・・・。
何事もなかったように、平常心のアマゴ様。
目の前にはいくつものポイントを内包する極上の流れが続いていた。
ここはフライセレクトも大事だ。フライボックスを開けるとメイフライパターンありカディスパターンありテレストリアルありの季節感のないごちゃまぜのフライが見える。
結局は視認性の良いパラシュートをつまみ出し、ティペットに結びつける。
どこへ落としても魚が出てきそうな流れだ。こういう時は逆に攻めあぐねてしまう。
焦ってキャストしたりしないで、じっくりとポイントを見ることにしよう。
垂唾もののこの流れ。まずは両手を合わせて。
ものの数秒でシュパッと魚影が現れた。
しかしそいつはアマゴではない。いないのか?
我慢し切れずパラシュートをキャストする。するとこのフライをくわえられそうもないチビアマゴが突っついてきた。
や、やめてくれ・・・とピックアップ。そのまま別のポイントへキャストすると、今度は着水と同時に魚が出た。
フッキングするとそのままその魚はこちらに飛んできた。超チビアマゴだ。
なんだか妄想か今年の回想かわからなくなってきた。フッキングで飛んでくるようなアマゴは釣りたくもないが今年はよく釣った。

今は静かな流れにレンズを向けシャッターを切った。
ここは来年ロッドを持って来てみよう。なんだかすごい魚が釣れそうな気がしてきた。
最後にまた妄想のロッドを振った。
すると水底の大きな影がゆらりと浮いてきた。
少しリラックスした秋の流れ。