其の百四  クイルゴードンとマーチブラウン
トラディショナルなドライフライパターンは今でもフライボックスに入っている。
パラシュートやエルクヘアカディスがかなりの割合を占めるようになっても、こういったスタンダードパターンの出番はなくなることはない。
しかし出撃回数そのものは減ったことは減った。シンセティックマテリアルを使ったアレンジを施したり、CDCを使ってみたりと、スタンダードのシルエットではあっても、別物のフライが頭角を表してきて久しい。
浮力や視認性には乏しいかもしれないこんなフライだが、「釣れそう」と思わせる力は抜きんでているように思うのだが。
ハーズイヤーのボディにパートリッジのオーバーハックル。マーチブラウンらしい組み合わせ。
ライズに対峙している時でなければ、たいていの場合はしっかり浮いてよく見えるドライフライを結んでいる。それはトラディショナルなパターンにないものだと言うことになれば、しっかり浮いてよく見えるフライはあまり釣れないということになる。
実際そういう経験は確かにあって、濡れて沈んだフライに食いついたりキャストして見失ったらあらぬ場所で魚が出たり。
そのあたりのぎりぎりの線を狙ってフライを巻ければいいのだが、相手は自然の川だ。同じ流れはひとつとしてないのだし、こちらの計算どおりの際どい流れ方をタイイングだけではコントロールできない。
マーチブラウンは古典的なフライパターンの代名詞とも言える。
三月に羽化する茶系の色をしたカゲロウ全般を指すのだろうが、その名を冠したフライパターンはドライにウェットにと実に多い。
僕はもっぱらハーズイヤーのボディに茶色のテールとハックル。最後にパートリッジをくるりと巻いた、オールナチュラルマテリアルのパターンが気に入っている。
マーチブラウンと言えばボディはウサギの耳の毛。その図式は僕がフライを始めた頃から強くイメージが残っている。
こちらもシンセティックなしのクイルゴードン。
タイイングをし始めた頃、ハーズイヤーの小袋を買った。
この獣毛の入った小袋は僕には実に不思議なものに見えた。なんでわざわざこんな毛を使って毛バリを巻かないといけないのだろう? なんでウサギの耳の毛でないといけないのだろう?
マーチブラウンという名の毛バリも、なぜ三月の茶色なんて名前なのだろう?
わからないことばかりで始めたフライフィッシングは、その取っ付きにくい難解さが魅力でもあった。
その頃に出会ったマーチブラウンという毛バリが、強く印象に残っているのも自然な事だと思う。
クイルゴードンはそのマテリアルに魅かれた。
ストリップドピーコックの縞模様に、それに同調したようなレモンウッドダックのフェザーの模様。
ラフに巻いても大丈夫なマーチブラウンに対して、きちっとしたバランスがバンチウィングパターンの価値でもある。
質の良いレモンウッドダックは値も張るし、ピーコックのフリューも手間かけて取り除いたりするので、なおさらタイイングにも力が入ることになる。
ま、それぞれ2本づつくらいしかありませんが・・。
最後にライトブルーダンのハックルを巻けば、クイルゴードンはまさに蚊というかなんかそんな感じの、今ではマエグロあたりかなあってイメージできる、極上のドライフライになる。
見えにくいブルーダンや細いボディもあいまって、ダンのか弱く儚い感じが良く出ている。
その見方で行けばマーチブラウンはボディのマテリアルからして、フローティングニンフとしての見られ方もデザインされているのかも知れない。

僕のフライボックスに、こうやってこんな見にくくて使いづらいスタンダードパターンが、それでもずっと入っている。必ずしも釣りに行ったら使う訳ではないが、ここ一番と言う時にこのフライに頼る場面はきっとある。
そんな状況で見事にセレクトが当たってヤマメが釣れたなら、高浮力高視認性のシンセティクフライで釣った時よりも価値があるような、そんな気がする。