其の百五  Scoop up Trout with a Net.
僕はフライフィッシングを始めたころはランディングネットを持っていなかった。
もっぱらハンドランディングで、ネットが必要とは思っていなかったのだ。
しかし、いく度かの良型を取り込みの際に逃がした経験でネットの必要性を徐々に思い知るようになった。泣き尺クラスを取り逃がした日、釣りの帰りのその足で釣り具屋に向かい、最初に目に付いたネットをすぐに購入したのだ。
釣りにネットを持ち込むと、最後にすくうという新たな行為が加わる。
初めて買ったC社のネット。ラケットみたい。
この最初のネットはどれくらい使っただろうか?
久しぶりに引っ張り出してみたら塗装は剥がれ木の合わせ部は口を開いていてかなりくたびれた状態だった。このネットを使っていた頃は何ヶ所もの遊漁券を買い、実にいろんな川へ釣りに行っていた。たくさんの魚をすくい、ネットも破れてそれをバッキングラインの切れ端で結び留め、そしてまた釣りに出掛けた。朝早くから夕方まで、帰ったら当然夜でその日の釣りを思い返す間もなく眠ってしまっていた。
そんな追われるような釣行がネットの傷みにも現れているような感じだ。
その後僕は友人Yの手によるYネットを使うことになった。
僕の熱望に答えてYが作ってくれたネットは独特の漆塗りのグリップが目を引く。幾層も塗り重ねられたそれぞれ色の違う漆が、削りによって不規則に姿を現わす。その幾何学模様は何とも言えない味がある。大型のキャッチを想定した内径26cmのフレームは魚をすくいやすい形状をしている。
このネットはまだ10年は経ってはいないが、いつか僕が年老いて最後に釣りに行く時にはきっと背中にはこのネットがある。
こいつですくった魚達はアルバムに残っている。
百戦錬磨のYネットをたずさえて今年も何匹もの魚を釣り、すくってきた。
禁漁になったある日、ふとあることに気がついた。釣り仲間の誰もがマエカワクラフトのネットを持っているのだ。いや、それはもちろん知っていた。僕が持っていないことも知っていた。
某プロフライマン氏のブログで、マエカワネットの話がエントリーされた。某氏が長年愛用していたマエカワネットを紛失し、それが地元フライマンが見つけて無事手元に戻ってきたという話だった。

そして僕はマエカワクラフトの工房を訪ねた。
ランディングネットはひとつである必要はなく、同じような釣り場の同じような魚相手でも、いくつかを使い分けたって別に問題はない。
ぼんやりとそう考え続けて何年かが過ぎていた。何人かの友人がまとめてマエカワネットを注文したのは一昨年だったろうか。
確か工房が移転した時だったと記憶している。なにかきっかけがないと改めて手に入れようと行動を起こせない。すぐ近くに工房があるから逆にそうなっていたようだ。
そうと決めた時、来年の春の渓が頭をよぎった。
そしてついに・・・。 Coming Soon.