その41  釣り具屋の午後の情景
解禁になってもまだ二回しか釣りに行ってないので、結局ヒマである。釣り仲間の幾人かは九州へ遠征に出かけたりしているし、県西部の川で雪の中のヤマメを手にしたとの話も聞いた。
みんなスタートダッシュからとばしてますねぇ。とかなんとか他人事のように(他人事だけど)考えながら釣り具屋に寄ってみた。
日曜日の釣り具屋はヒマである。こんなことを書くと怒られそうだが事実なのだ。誰も来ない。ネコも来ない。外は陽が射したり曇ったり、時々雪がちらついたりと、結構賑やかげなのにね。
ひょいと年配の男性が一人入ってきた。日曜日の午後の常連のようだ。だからどうということもないのだが、釣りに行きたくても行きあぐねているのは私だけではないことがわかった。
外は晴れのち曇りのち雪。
その人はイスに座るなり、「足の骨折っちゃったよー」と店のスタッフに話しかけた。折っちゃったって、あなた歩けるの? 聞くとはなしに聞いているとどうも右足の指の骨らしいが、折ったのは昨日のようだ。いいのかね、釣り具屋なんかに出かけて来て。
一方的にまるで機関銃のように骨折事件のテンマツをひととおり話し終えると、その人はああすっきりしたって顔をして煙草を吸い始めた。私はその人をシゲシゲと見つめて、(何しに来たんだろう?)と実にマジメに考えた。
そうこうしているともう一人年配の男性が店に入ってきた。
「○○川の年券ちょうだい」と言いながら最初の人と少し離れたイスに座った。年齢が近そうなその二人は特に顔見知りという訳ではないようだが、私が見る限り双方とも相当な手だれの釣り師と見た(勝手にね)。
実力の拮抗する二人(根拠はないが)がお互いに間合いを計っているような、どうにも息の詰まる空気が漂い始めた。当然二人は目を合わすことはなく、きっとそれぞれがひとりだけ店にいる状況なら、店のスタッフ相手に釣りのウンチクをたれまくるんだろうねぇ。それがこの日は勝手が違う。下手なウンチクなど口に出来ない。お互いにそう思いながら、どちらが先に口火を切るか、けん制しあっている(とこれも全く私の想像ですが)。
オーナーとなるべき人を待つ身の竿達。
先に口を開いたのは後から来た遊漁券を買った人だった。解禁日に釣りに出かけた知人の話をし始めた。雪がちらついていたので車の中で様子見をしているうちにウトウトしてしまい、おきたら外は真っ白に雪が積もっていた・・というような内容で、最初は店のスタッフにしているようなそぶりだったが、そのうちに骨折の人の方に向けて話していた。
話を聞くにつれ、二人ともえさ釣り師であるということがわかった。そしてこれも二人ともだが、このフライショップの空間が妙に落ち着くらしく、ここで売っているものの大半には用がないにも関わらず、足げく通ってきているようだ。
私の想像に反して、結構話が盛り上がってきた。お互いに手の内は明かさんでぇ、っていう気構えだとばかり思っていたが、思いのほか気さくな二人だった。

とは言え骨折の人は当面は釣りには行けない訳だし、それが辛いというか今の最大の悩みだろうと思いきや、彼の目下の悩みは釣りに行けないことよりも、右足はサンダルしか履けないからサンダルを右足分だけ買いたいのに、売ってくれる店が見つからないことだった。