行けるかどうかの際どい予報だった。低気圧は順当に西から接近しつつあり、このあたりも午後には崩れてくるという。
陽射しはないがまだ雨は降り出していない。なんとか持ってくれと祈りつつ僕はロッドにラインを通していた。
まずは先に釣っておくに越した事はない。この日の川なら堅い。
と、川に降りてからなんとなくそれに気付いた。
水が、少ない。減水している。それも相当の量。
さわさわと風が吹いた。上空を見ると雲がかなりの速度で流れていた。
花びらの敷き詰められた道を行く。
町の桜はすっかり散って葉桜になっている。しかし山ではこれからが桜の見ごろのはずだ。
この川沿いのいくつか植えられた桜やもとからある山桜も開花しているだろうと思ってきたが、もうすでに散り始めていた。
河畔林の木の枝にも新芽が出ている。どうやら僕が思っていた以上にこの川の季節の進行は早いようだった。
岸辺にも青や白の花が咲いているのが見える。もうすぐ山ツツジも咲き出すころだ。
そしてこの川の減水も季節の進行を決定づけるものだった。
芽吹きの季節。それは渇水の時でもある。
減水の流れをフライを落としながら歩くが、ヤマメが追ってくる気配はなかった。
木々の芽吹きは水を吸い上げ、川に注がれる水は一気に減ってしまう。それにしてもこれほどとは思わなかった。
風に邪魔されてなかなか思ったポイントにフライが落ちない。やっと落ちてもそこは浅い流れ。フライにヤマメは出ずラインが風に引きずられフライはドラグがかかりっぱなしになる。
なかなかにきびしい状況だ。僕はひととおり攻めてヤマメが出ないことを確認して車に戻った。さて、どうするか。
上流へ移動した。
少しでも状況が変わっていればとの淡い期待。だんだん空も薄暗くなってきたようで、低気圧の接近は風だけでなくそれに含まれる湿気からも感じられた。
桜の季節にこんな上流へ入る事になろうとは、というくらいの上流で入渓。川幅が狭い分、渇水の影響を受けにくいなどと勝手な思い込みで入った。
まだまだ水は冷たい。ここにはまだ春は来ていない。林道をものの数分走っただけで季節がひとつ後戻っていた。
川を見守るように咲くいちりんそう。
すでにテレストリアルをイメージさせる色調のカワゲラが。
透明度の高い水。フリーストーンの渓だから水位の少なさはそんなに気にならない。
しかしヤマメの気配がないことは下流側と同じだった。
こんなハズはない。こんなハズはないと僕が思うのはもっと釣れると思っていたからだった。
もっと釣れると思った理由は、この日までが多忙だったからで、ようやくヤマ場を乗り越えたのだから、釣りだっていい釣りができるに決まっていると思い込んでいた。
多忙のご褒美が釣りだったかもしれないが、行くには行っても釣れる保証などどこにもない。
水辺の野草は花をつけ、苔むした岩はより緑に。小さく霧のような雨が落ち出した。狭い谷にいるせいか風は幾分収まっている。
なんの変化もなく流れていくフライに不意に魚体がかぶさった。
僕はずいぶん長く離れていた感覚を味わった気分だった。
そのヤマメはまだここは時期が早いだろうと言っているように僕を睨んだ。ヤマメを放し、少し雨が強まった渓で僕はどうするか迷った。一匹釣ってしまったらおいそれとは渓の重力から逃げられそうもない。
どこか山の斜面から舞い落ちてきた桜の花びらが僕の足元に流れてきた。
こ、こわい顔して睨まれました。
雨が降り出した。進むか、帰るか!?
三月から四月にかけて猛烈に忙しくなっていた。まあ毎年のことなのだけれど。
そうなるとその反動を釣りに求めてしまう。なんとかヤマ場を乗り越えたて、あんだけしんどい思いをしたんだから次の釣りは思う存分楽しませてもらうゾ、と期待値がうなぎ登りで高まっていく。
ゴォッと音がして風が吹いた。帽子が飛ばされそうになった。
ラインが舞って木の枝に絡まりそうになる。僕は慌ててラインを手繰った。
雨は日中いっぱいは持ちそうだが風は待ってはくれないようだ。
山里の春はようやく、という風景もあるのだが。
野にひと際目立つたちつぼすみれ。
クロタニガワカゲロウのニンフ。エイリアンっぽい。
羽化失敗の個体か? これも自然の一部。