釣り支度をしていると首からカメラをぶら下げたおじさんが近寄ってきた。
このあたりには名の知れた桜がいくつかある。きっとその情報を聞こうとしているのだろう。
「バンブーロッドね?」
「!」 そこ!? 以外な質問。
「は、はあ」
「どなたのね?」
「広島のマエカワさんのです」
「ほほう」とおじさんは言い、あれこれ聞きたそうだったが、連れの家族の人から声がかかった。
ふふふ、おじさん、桜よりもこっちが気になりますか?
今年最後の桜吹雪。散り際にはなんとか間に合った。
ゴールデンウィークに入り、北部の桜は満開を過ぎて散り始めていた。
花びらの舞う中、僕はこんなに不安なくロッドを振れるのは、ひょっとして今シーズン初めてかも知れないと思った。
雨の心配も強風もなく、きっとシーズン中一番気持ちのいい天気。
解禁からの日々、つらい寒さや強風の中、なんでわざわざ釣りしなきゃならんかったんか。
こうでなくっちゃ、と僕のドライフライも気持ちよさそうにポイントに落ちた。
いや〜、紫外線に当てないで(>_<)
少し疲れた。調子にのってズンズン歩き過ぎたか?  川岸の木陰で座って休憩。だいぶ汗をかいている。涼風が気持ちいい。
「?」 んー、なんだ? なんだろう、これは。やっと好条件での釣りのはずが、なんだかこれじゃあ夏の釣りの感覚だ。
釣り始めは桜の花びらが舞う様子を見て遅まきながら春を感じていたのに、ものの数時間で春から夏になってしまったようだ。
すでに五月なんだから紫外線が強いのはわかるがそれだけではなさそうで、どうもこれだと夏日に近い気温になっているに違いない。おまけに体の方が暑さに慣れていないから、受けるダメージも大きい。
もうすでにカゲロウの羽ばたきは見えなくなり、ハチやハエばかりがぶんぶん飛んでいる。
川をのぞき込む桜の木。毎年アマゴや釣り人を見続けている。
もうテレストリアルを使っても良さそうな状況ではないか。
もちろんそんな準備なんてしてきていない。
今一つサイズが出ないのは、アマゴの捕食対象とフライがかけ離れているからか? それとも暑さにやられて僕の集中力が散漫になっているからか?

川沿いの道路は普段は車なんて滅多に通らないのに、さすがゴールデンウィークなだけあってひっきりなしに車やバイクが通っている。
その時、僕は今まで釣れたアマゴに気付く事があった。
このエリアの漁協は確かゴールデンウィークを期に、もう一度アマゴを放流していると聞いたことがあった。
この日僕が釣ったアマゴは全てその二回目の放流魚だったのか。
確かに釣れたアマゴは計ったように同じサイズのものばかりだ。

わっと目の前を虫がかすめた。ガガンボだった。
カゲロウがたくさん飛んでいるときはガガンボがいても意識する事はほとんどない。でもこの日は石陰に群れてとまっているガガンボを見て、よくぞいてくれた、と思った。彼らも水中羽化の重要種だからだ。
カゲロウが飛ばなくてもガガンボはブンブン飛んでます。
食べる虫によって栄養状態は変わるのかなあ。
川筋はヒンヤリとしていた。水もまだまだ冷たい。これは言うことないではないか。
すでに極小の虫やカゲロウらしき羽ばたきが見える。
解禁からの修業のような釣りがウソのようで、僕はなんだかウマくいき過ぎだなあと勘ぐったりもした。

ばたばたっと小型のアマゴが何匹か釣れた。
いや、こんなモンじゃない。今が一番いい時期なんだからもっとサイズアップを期待したい。
カクツツトビケラのピューパ。見事なケースメーカー。
春の気配がそこここに。だが夏も黙ってはいない。
このトンネルの先にこそ、楽園が!
木陰のランチ。昼寝もしたいなあ。
ただガガンボのパターンも用意していない。それにガガンボを結んだからと言って、急に良いサイズが釣れ出すというものでもあるまい。
それでも暑さのダメージと川への不信感を払拭するには、王道のマッチザハッチがいいのではないかと思えた。
フライボックスから一番ガガンボに近い雰囲気のパートリッジのソフトハックルを取り出した。
ハックルのファイバーを広がるように癖をつけ、キャスト。
水面のソフトハックルは僕には到底ガガンボには見えなかったが、アマゴには迷いはなかったようだ。
夏日の桜。こういう時もたまにはあるか。