其ノ二百八十二 解禁の足音
そりゃ音は響くよね。アルミバイトを打つんだから。
今回のオフの期間はなんだかちょっと早く過ぎたように感じた。なにがどうしてそう感じたのかわからないが、とにかくそう思った。
遊漁券の取り扱いが釣り具屋で始まったり、春の毛鉤を巻き始めた声が聞こえてきたり。
解禁を意識し始める事象はいくつかある。
ここ数年の僕の解禁前のイメージはウェーディングシューズから始まっている。
”音” で解禁を感じ取ることがどうやらここ数年の僕の傾向のようだ。
これにあと、決定的な音が加わって解禁となる。それは川の流れる音だ。あの音が半年振りに耳に届くと、得も言われぬ気持ちになる。その音だけで春浅い山や川の景色が目に浮かぶ。するとそこにはフライロッドを持った自分が立っていて静かにキャストを始める。そして水面に浮かんだフライにゆっくりとやまめが反応する。
こうやって僕の音から連想する妄想癖が始まった。これが頻繁に起こり始めると、今度こそ本当にようやく解禁が近づいたのだと、改めて実感することになる。
新しいラインも入手。気分も一新。
印象に残る音と言えばやっぱりリールを巻く音だ。
これも川ではシーズンを通して聞くのだが、解禁前に部屋でラインを巻き変える時に聞く音はこれから始まるシーズンの序章の音色を奏でているような気分になる。
毎解禁前に必ずラインの巻き変えをするとは限らないが、これをやるとまるで厳かな儀式を行っているようでもあり、気持ちは一気に解禁へと向かう。
何年前からだったか、ウェーディングシューズのソールをフェルトからビブラムに変えた。ビブラムソールはフェルトに比べて勝る面と劣る面が両方あった。それでもなんとかビブラムソールを使い続けている。
劣る面はやはりぬめりのある川でのグリップ力だった。それを少しでもカバーするのにアルミのバイトをソールに打っている。アルミバイトを打つと、かなりグリップ力は上がる。その代わり川以外の場所を歩くとけっこう響いてくる。足から伝わる衝撃もだが、カツンカツンと音もする。
その音はシーズンを通して聞いているはずなのだが、解禁直後に聞いた音がそのまま解禁の頃の印象として僕の記憶に刻まれているようだ。