「おおい、どうしたんや、これは」
W氏は顔をしかめた。
この川の水の状態、渇水の様子は想像以上だったようだ。
僕はこの川は初めて入ったので、いい時の水位がどんなものかイメージがないので、W氏ほどには落胆はしていない。

林道からこの川をのぞき込んだ時、川面は遥か下に見え隠れしていてちょっと怖い気がした。
しかし川筋まで降りてみると案外開けていて思ったほど薄暗くもなく、それだけで期待はふくらんでいく。
朝日が射し込んできた。その谷への期待は高まるばかり!?
ポコリとゴギがフライをくわえた。かわいいゴギだがこの川の初モノだ。
W氏に見せると笑っていた。
ゴギの写真を撮ろうと思うが、光量が足りずブレてしまう。
設定で感度を変えてもう一度撮ろうとしたらゴギはもう逃げていなかった。
先を行ったW氏を見ると、林立する巨木の谷間に陽の光が射し込んできて、これはきれいだとまた写真を撮った。
林道からは川はよく見えなかったが、川からは林道を通る車がはっきり見える。こんな山奥でもけっこう車が行き来していた。
苔むした岩と川。緑の中に埋もれる川を行くW氏。
まだクモの巣もブヨの攻撃もないが、水の少ない川を小さいゴギを釣り歩くのも結構つらい。

「今、アカショウビンが鳴いとる」と、またW氏が言った。
僕はアカショウビンは見た事も鳴き声を聞いた事もなかった。
いや、聞こえてても知らないからわからなかっただけか。
W氏がいったん上がろうと言ってきた。この川を熟知しているW氏の判断に従う事にした。
林道に上がると少しだけ暑く感じた。谷から出ると結構な気温になっていそうだ。
もう一度キャスト。堰堤の隅からひったくるようにゴギが出た。
ばっちりフッキングした。ぐいぐいと強い引き。
よーしと背中のネットに手を回した瞬間バレた。W氏が声を上げた。フックがコンクリートから外した時に伸びていたのだ。

堰堤上は朝の区間と似たような状況だった。それでもいくらか反応がいいような気がするのは陽が傾いてきたからか。
「今鳴いたのはミソサザイじゃ」とW氏が言った。
僕はまた小さなゴギを掛けたがすぐにバラしてしまった。
一転、開けた里川へ。日光の刺激はかくも強いものか?
W氏とは初めていっしょに釣りに来た。W氏と知りあってからはもう10年くらいにはなるんじゃないだろうか。
その間にいっしょに行く機会がなかったのも今となっては不思議だ。放流のイベントやオフシーズンの川で会ったりはしたことはあったのだが。
僕たちは交互に先行を代わりながら釣り上がっていった。僕が先行している時、W氏はなにやら水辺を観察している。時折めずらしい花を見つけると僕を呼び見せてくれたりする。W氏は水辺のいろんなことを実によく見ている。
その後ふたりとも何匹かづつゴギを釣ったがなにしろ小さい。水の少なさはおおらかなゴギでさえ神経質にさせるのだろうか。
谷底はガガンボだらけ。これで水がもっとあれば。
熊の爪痕。り、リアル〜。
昼食をとり、今度は場所を下流へ移した。
先ほどまでとは風景に大きな隔たりがある。光も眩しい。
そのギャップに戸惑いながら、W氏と僕はロッドを振った。
しかしここでは何度かフライに出はしたもののフッキングするには至らず、ものの数十分で退散することにした。

そのあと別の支流へ入ってみたが思うように反応がない。
さらに違う場所へ。そこも渇水で魚の気配が感じられなかった。
僕とW氏はこのあたりでの行き場を失ってしまった。
もうひと雨くるまで。辛抱の季節ですね、W氏。
緑の中、川の水音と鳥の声だけが響く。
今回は自分でにぎったおにぎりとバナナとソイジョイで。
朝の斜光に照らされて群れ飛ぶガガンボが浮かび上がっていた。
すごい数のガガンボだった。この時期がピークだったかなあ。
ガガンボのパターンを結ぶが、浮力は弱いので釣り上がりには向いていない。
僕はティペットに小さなテープのマーカーをつけて釣る事にした。
すぐにマーカーは引っ張り込まれたが、これまた小さなゴギが釣れていた。
しばらく行くとガガンボは消え、今度はハエが飛び始めた。
「オドリバエじゃ」とW氏が言った。
「この辺りはサワグルミの木が多いんじゃ」とW氏。
僕たちは結局最初の谷へ戻ってきた。ここの沢筋が一番可能性が高いとのW氏の判断だ。
ただし朝の場所より下流から入渓する。日中から午後の時間へと移る。そろそろべたべたの渇水でも活性は上がってくる頃じゃなかろうかという読みだ。

降りてすぐに砂防堰堤があった。その下を僕が狙う。
一投目で投げ過ぎ、堰堤のコンクリートに引っ掛かった。無理やり引っ張ったらうまいこと外れた。
いささかお疲れ気味のゴギ様。雨が降ったら元気になってね。