「行った事のない川がええ」
Yのリクエストに沿ってやってきた川は僕も今年はまだ入っていなかった。
草刈りをする地元の人に声をかけて空き地に車を停めさせてもらい、僕たちは林道を歩き始めた。

最初の流れは決して渇水ではなかった。前日までいくらかは降っていたのでその恩恵がかろうじてあるといった程度だが。
雨が降れば降るほど良くなるこの川は、しかし期待通りの状態にはまだほど遠いようだった。
支度をしていると必ず現れるクロちゃん(仮名)
良くも悪くもない水位。フライを投げても緊張感を感じない。そして魚がフライを追う気配もなく。
この川のゴギにスイッチが入るにはまだ雨が足りない。
ゆるりとフライを掠め取ったゴギがようやく僕のロッドを曲げてくれた。
写真を撮る間もなくゴギはネットから逃げ出した。Yは先を行く。この辺りから少しは良くなりそうな、そんな気配は僕も感じていた。
逆光で川筋が見にくい。早くしないと陽はすぐに高く上がってきそうだ。
「今日はゴギを釣りたい」と、狙いを絞って。
目ぼしいポイントにゴギはおらず、小さいのを何匹か釣ったが到底満足できるものではない。陽射しの強さを少しづつ感じはじめた頃、Yのロッドが大きくしなった。
僕が追いつくとなんだか様子がおかしい。Yがネットですくった魚がちらりと見えた。でかい、この顔、尺か? 
いや小さい。体長はそうでもない。なんだ?  顔だけ尺クラスで体は25cmくらいのしかもやせ細ったゴギだった。
頭がでかくて体がやせ細ってYは気持ち悪くて触れないらしい。僕が手伝ってフックを外した。
サイズはまずまずだがこの痩せよう。エサがないのだろうか? これだけ木々がおおい茂っているのだから陸生昆虫の類いが結構落ちてくると思うのだが。 
水位以前にエサの供給量の関係で、以前は沸くように出ていたゴギもなりを潜めているということもありえそうだ。
この日、僕も6フィート3インチを今年初めて使っていた。
源流を間近にして細くなってきた流れで二本のロッドが休みなく曲がる。
エサが豊富だからゴギが多いのか、ゴギが多いから大きくなれないのか。

Yが前に出た。
僕は後ろから写真を撮る。木漏れ日が思った以上にまぶしくて、僕はカメラをF6.3に絞った。
モニターに映るパンフォーカスの風景の中で、Yのロッドがまた大きく曲がった。
二本の6フィート3インチ。このロッドの季節。
逆光の川。まぶしくなくなると、いい時間が過ぎたことを意味する。
青空がまぶしくもあり恨めしくもあり。
釣り上がっての戻り道。その足取りは釣果次第。
二つ目の川。状況は一変した。
コウノマダラカゲロウ登場。メイフライはまだまだ健在。
少し暑くなってきた。天気は良過ぎるくらいにいい。
Yが釣ったがかなり小さい。

(この川の良い時はこんなもんじゃないんだけどなあ)と、それをYに見せてやれないジレンマが僕にはある。

Yと釣りに来たのは五年ぶりだった。Y自身、この時期に釣りをするのはずいぶん久しぶりのはずだ。
彼は今年右手をケガしていたが、なんとか治ったようだ。その手には新しい6フィート3インチのロッドが握られていた。
さて、午後はどこへ行くかと思案して、今居る場所からそうそう遠くないひとつの沢を提案した。
そこもYが入った事のない沢だ。
日曜日の午後、果たして先行者がいないかどうかも気になる。
そしてその沢はかなり険しい。午前の川でも往復でかなり歩いたし、体重が2Kgは落ちそうだ。

沢に入ってすぐにゴギが釣れ出した。僕とYで一匹釣れるたびに先行を交代した。
一匹釣って交代したと思ったらすぐにまた交代。実に魚影が濃い。
入渓地点の林道には先行者らしき車もなかった。
「最初っからこっちに来とけばよかった」とYに言ったが、彼は触れなかったゴギに結構満足していたようだ。

ただいくらなんでもこのままじゃなあ。テンポよく釣れるのはいいが、釣れるゴギが小さい。
魚影の濃さはゴギ一匹が食べるエサの割当ての少なさの裏返しだ。
僕のゴギ。ドロッパエを押しのけてフライに食いついた。
頭でっかちのあと、特にゴギの出が良くなる事はなかった。
ちょうど昼になったことだし、僕たちはこの川を引き上げる事にした。
林道を延々と歩いて車まで戻り(クロちゃんは現れなかった)木陰へ移動し昼食をとった。

しばしのんびり。
だいぶ暑くなっていたので、風が吹くと気持ちいい。おにぎり食べてコーヒー飲んで、あとは昼寝できたら最高。
いや、Yのゴギ以外はとてもじゃないがまだまだの釣果だ。昼寝で帳消しにはできん。
ゆっくりランチ。今年はこれに力を入れている(^_^;
Yの頭でっかち。もう少しエサがあれば、もっとたくましくなれるのに。