2019 釣乃記
第拾八話  晴れと霧の境目で
「イノシシがでませんでしたか?」と水田の代かきをする若い人。
「クマが出ました」と僕。
「出た? 出ましたか〜」
この日僕がした最初の会話がこれだ。町の生活にはない非日常感が半端なくある。

水位は平水かそのやや上、決して渇水でも増水でもなく、前回の増水が引いて落ち着いた、ベストのタイミングだと思えた。
だが反応が薄い。季節的にさすがにもう遅いのだろうか。
すやすやタイムは極上の緑と爽やかな風の中で。
朝(と言っても八時前。五時起きでも釣り開始はこれくらいになる)、川筋はまだ霧がうっすら立ちこめていた。
高速では晴れ始めていたが、谷あいはまだ低い雲がかかっている。前日にも降ったようだ。

それは僕の10mくらい先を川を横切った。霧で少し霞む中のその体型はイノシシではない、クマだった。
僕は立ちすくんだ。どうするか? この先に進むとあるヤマメの居着きのポイントまで行くか、それとも引き返すか。
水位は最初の川より高い気がした。少し進むが反応なし。おじさんはまだ見ている。
少し長めのプール、ライズした。ここは釣らないと。慎重にキャスト。出ない。その先、フライをこそぎ取る出方。掛かった! 振り向くとおじさんはいなかった。

川筋を下流へ。霧は後方に置いていく感じ。最後に開けた場所でヤマメが釣れた時、少し晴れ間が見えたがすぐに霧に隠れてしまった。
朝の西中国山地。この時は雲が消えつつあった。
ケロロ先生! キャスティングのご指南を!
川から上がり川沿いの柵が閉じていない所まで歩いて、農道を道路へ向かっていると、若い農家の人に手前にゲートが開閉できる場所があると教えてもらった。そしてクマの話になった。
この川の山を挟んだ反対側にもうひとつ川があるが、そこが捕獲したクマを放獣する場所だと聞いた。
「離れたところに逃がしても戻ってきちゃうんです」
ここはよく来る川だし山里の風景も気に入っている。今年はここはこの日が最後になるが、来年も釣りをさせてくださいね。
このプロポーションを維持しつつ、あと10cm大きくなって(>▽<;)
両サイドから緑の壁が迫って、川が狭くなりました。
最後に中流域で一匹。夏の前の涼しい釣り。
今週もカレーとカップめん。よく食うな(^^;)
鈴を振って鳴らしホイッスルを吹きながら、僕はクマの横切った場所を通過した。葦のなぎ倒された獣道が生々しい。
ヤマメ居着きポイントから上流はまあまあ開けている。田んぼも隣接するので農作業の気配も出てきて安全度は増すと考えた。しかしヤマメポイントでは、ついさっきの目撃の動揺が続いた。フライをキャストしても集中できない。周囲を見回してからフライを見ると、ヤマメがくわえた瞬間だった。合わした。空振り! やってしまった。これだけよそ見をしていたらそりゃあやらかすよな。なかなかのサイズだったのに。
霧の晴れた里をあとにし、僕は山越えで次の川を目指した。
峠を越え、川が見えてくるとまた霧が降りてきた。標高も上がったからか、霧雨も降り出していた。
上から降りてきたので上流域からやってみる。川に降りると道路から地元のおじさんが声をかけてきた。距離があるから聞こえない。
僕は手だけ振って釣り始めた。おじさんはずっと見ている。
フライフィッシングが珍しいのだろう。どうせなら釣って見せられたらいいんだけど。
田植えの済んだ山里。今年はこの川は今日が最後かな〜。
少し痩せ気味、金属のような質感のヤマメ様。