其ノ二百七十七  毛鉤釣り、事始め
刺激を受ける景色。周囲の人たちも動き出している。
湿気を含んだ空気はこれから雨を降らせるのだと予見させたが、予報では今夜から雪になるらしい。
湿度の高い空気は少しだけ春を思わせる。年明け早々ではあるが、三月の解禁はもうすぐだと意識しても大袈裟ではない。
海でフライをやるのは僕にとってはやっぱり別の物という位置づけで、渓流の解禁こそが待ち望んでいる本命だ。
そしてその気配が近いところまでやってきている。
ロッドから伝わるもの。ロッドへ伝えるもの。それぞれ。
でも僕はきっとそうしない。
シューズのソール越しに足の裏から地層の声に耳をすます。
地層の奥底からわき出す水が生み出す魚を釣ろうとしているのだから、母なる大地の声を聞き逃すわけにはいかない。

家に戻り僕は久しぶりにロッドを取り出した。竹竿の存在感が僕の手の中で広がった。
裸足の足が冷える。何か感じ取れるかと思ったが、どうやら外は雪が降り出したようだった。
出撃準備中。これから一本のロッドとなる。
ロッドを目にして気持ちが昂ぶっていた矢先にこれまた興味深い話しを聞いた。自分たちが春に立つ川のその地層の奥底に川の流れを真逆に変えてしまうほどの変動があったのだと、地表に接するウェーディングシューズの足先は果たして知っていたのだろうか?
上流から水が流れてきて下流へ流れていく。それについてなんの疑問も持たずロッドを振っていた僕たち。
もちろんそれでも釣りにはなんの差し支えもない。むしろ邪魔な感情は捨て去るほうがよい。目の前のポイントとハッチの状況、そしてフライの選択とキャスティング、ドリフトに集中せよ。
狙い通りのポイントで良型がヒット。これこそフライフィッシングだと、ここでようやくニンマリする。
工房であれこれ話しをしているうちに、ゴギの棲む水系の話しになった。
もともと棲んでいた水系に対して、いるはずがないのに今はゴギが棲んでいる水系がある。
その方の話しによればどうやらそれは河川争奪が関係しているらしい。
もともとゴギの川と同じ水系だった川が別の水系に侵食され、生息している魚類ごと水系を奪われてしまった、という話しだ。
M川氏から僕も知っているある方が注文したロッドを、日曜日に本人へ渡すのだと聞いていた。それはぜひ見させて欲しいと申し出て僕は日曜日にM川氏の工房へ出向いた。
僕がつくとほどなくしてその方も来られ、M川氏が奥からロッドを持ってきた。7フィート#3,#4のロッドはとても美しくそして粘りのあるアクションに、今すぐにでも川に出掛けたくなった。
その方は自身のリールを持参され、早速合わせられた。これまたあつらえたようにつけた瞬間にしっくり馴染んだ。そういえば僕のM川ロッドやリールはロッドのメンテナンスをお願いしたあとは仕舞ったまま目にしていない。
久しぶりにバンブーロッドやクラシカルなリールを目にして気持ちが駆り立てられていくのを感じた。